『10回切って倒れない木はない』©日本テレビ

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 4月12日より放送中の『10回切って倒れない木はない』(日本テレビ系)は、近年活発に行われている日本と韓国の俳優のコラボレーションによるドラマだ。

参考:仁村紗和、長濱ねるの赤ドレス姿などオフショットを投稿 「もうすんごいんだから」

 7歳の時に両親を事故で失った青木照(志尊淳)は、父の親友で韓国の財閥「ファングム」のトップに養父として引き取られ、韓国人のキム・ミンソクと名乗る。兄ヒスン(キム・ドワン)とともに入社したミンソクは、跡取りとして「ファングムホテルグループ」の新社長に就任した。

 しかしその矢先、養父が急死してしまう。さらに、以前からミンソクにつらく当たっていた養母(キム・ジュリョン)から身に覚えのない横領を疑われ、グループから追放される事態に。日本のグループホテル「ファングムホテル・トーキョー」の副支配人に左遷同然で就任したミンソクを待ち受けていたのは、養母の後ろ盾による支配人・水島(矢柴俊博)からの陰湿な嫌がらせだった。ホテルでは仕事も同僚とのコミュニケーションも取らせてもらえないミンソクは、自分をさらに追い詰めるように、兄からも突き放されてしまう。

●ミンソクの過酷な試練と「貴種流離譚」の構造

 つるべ打ちのごとく過酷な試練に見舞われるミンソクには、フィクションの王道的話形である「貴種流離譚」を想起させられる。王族や貴族といった高貴な血筋を持つ主人公が、その“高貴”という異質なルーツゆえに幼少期に流浪の身になるなどの苦難を経験し、やがて復帰していく物語構造だ。有名どころだと、主人公の光源氏が政敵からの圧力などで島流しに遭う『源氏物語』や、ルーク・スカイウォーカーの放浪と復活の過程を描く『スター・ウォーズ』などが挙げられる。

 両親の死を経て母国を離れるという悲劇的かつ苦難に満ちた生い立ちのみならず、頼りにしていた人との別れと裏切りによる追放は、まさにミンソクの“流離”パートと言える。この話形では、最終的に自らの力や運命によって名誉やポジションを回復していくのが定石だ。

 ミンソクには、養父が大切にしていた養護施設への支援や、養父がホテルとして目指した「誰にでも愛される気取りのなさ」を大切にしたいという心意気はある。しかし、幼い頃に母国を離れて他人に引き取られたせいか、後継者にふさわしいのは自分ではなく兄だと信じていたり、新社長就任に戸惑いを隠せなかったりと、どこか一歩引いて生きているところがある。

 予期せぬ困難に直面するたび、ミンソクはよく「どうして……」と口にする。相手を責めるわけでもないが、落胆と絶望と困惑がない交ぜになったこの一言には、なすすべなく運命に翻弄されてきた高貴な者の悲哀を感じてしまうのである。

●韓国の「食口」概念と、おせっかいな助力者たち

 苦難の道のりを歩む“気高き者”を、助力者たるキャラクターたちが迎えるというのもまた、貴種流離譚のスタンダードである。

 ホテルでの勤務中、階段で足を滑らせた男性客を助けたミンソクは、運び込んだ病院で医師の桃子(仁村紗和)と出会う。困っている人を放っておけない性格の桃子は、助けた拍子に痛めた肩をかばうミンソクの介抱をきっかけに、自身が勤務する風見診療所の院長(でんでん)らとの親交を深めさせる。そして、診療所が営むこども食堂への参加、さらには診療所の空き部屋への間借りまで勧めるのだった。

 桃子たちの迷惑になると固辞するミンソクを、もはや現代日本では見られないほどのおせっかいで温かく迎え入れる桃子たち。さらには、診療所へ嫌がらせに来た水島を、桃子は一喝してしまう。

 韓国では「식구(食口)」といって、ともに食事をすれば家族同然という考え方がある。血縁関係の共同体を指す「가족(家族)」よりも、韓国人が好んで使う言葉だ。日本で「家族」を失い、養父の愛情を頼りに韓国へ渡って「食口」の仲間入りをしたミンソク。その後、養母や兄から冷遇され韓国から追放された彼が、日本で桃子や子どもたちと食卓を囲み、新たな「食口」を形成していく。序盤からジェットコースターのような展開であるが、これもまた古くから親しまれてきた話形であり、視聴者にとっては不思議な安心感がある。

●王道展開からの脱却

 とはいえ、王道的話形であるがゆえに、敵役も善人役も、話をスムーズに進めるためにやや類型的であるうらみはある。ミンソクの両親と桃子の父、それぞれの交通事故死がほぼ同時に起きていたことから、偶然にも幼い二人は過去に病院で出会っていた。泣きじゃくる桃子に、ミンソクは「10回切って倒れない木はないよ」と語り掛けていたのだ。

 その後、桃子にひそかに恋心を抱く幼なじみの拓人(京本大我)を巻き込み、三角関係を繰り広げていくのだが、このように「運命の相手」を思わせるドラマチックな要素も、視聴者によっては都合の良い立て付けに見えるかもしれない。

 ところが第4話、ミンソクが「運命に翻弄されるだけの者」から脱却していく様子が見られるようになると、彼の迷いない動きがドラマを類型的なものから見事に変奏させていく。

 積極的にホテルで仕事を探し、スタッフたちとコミュニケーションを取るなど、それまでの控えめさは見られない。特に、婚約者の令嬢・映里(長濱ねる)が病院までミンソクを訪ねてくるエピソードからその変奏がはじまる。ミンソクに横領の疑いがかけられた時点で、すでに映里の親は縁談を解消しているのだが、自己主張の強い映里はめげずに日本へ追ってきたのだった。

 ミンソクが財閥の御曹司であることはすでに聞かされていた桃子も、突然現れてあからさまに嫉妬をあおる婚約者には穏やかでいられない。しかし映里の帰り際、ミンソクは静かに諭すようにして、自分に婚約の意思がないことを改めて伝える。

 「映里ちゃんの自分の欲しいものややりたいことに真っすぐであるところが眩しかった。でも今は、そばにいて笑っていられるだけで幸せだと思える人がいて、その人と一緒にいたいと思っている」

 つまりミンソクにとって、心はすでに決まっていたのだ。

●タイトルが示す「プロセス」の先のオリジナルな物語へ

 大雨の中、往診に行ったまま帰りが遅い桃子を心配したミンソクは、院長の一言で彼女が事故に遭ったと思い込み、即座に外へ駆け出していく。自転車で転倒した桃子は、駆け付けたミンソクに嫉妬で苛ついて冷たい態度を取ってしまったことを泣きながら詫びる。父が事故に遭う直前に突き放してしまった記憶が蘇り、「大切な人と突然会えなくなるって分かっていたはずなのに」と錯乱する桃子を病院へ運ぶと、彼はいつまでも病室で付き添う。

 拓人が病室に入ってきても、すでに彼が恋敵であることを自覚しているにもかかわらず、彼を見据えたまま握った桃子の手を離さない。かつては自分の思うがままに生きる映里のような人物に憧れていたミンソクが、そんな憧れの存在に別れを告げたのち、初めて自分の意思で行動を選び取り、決して揺らぎを感じさせなくなる。いわば、類型譚の型を押さえたうえで新しい展開に乗り、ここから物語の幅を大きく拡張しようとしているのだ。

 ドラマのタイトルは「挑み続ければ必ず成功する」という韓国のことわざに由来している。主演の志尊淳は放送前のインタビュー(※)で、「木を10回切る中にも、いろんな過程があると思うんです。切りたくないけど切った時もあるだろうし、1人じゃなくて3人で切ったこともあるだろうし」と語った。

 つまり、ただ困難に立ち向かい成長していくというプロセスの中にある、オリジナルの展開を見逃さないでほしいということなのだろう。果たして流離するミンソクは、どのように木を倒していくのか。

参照※  https://www.yomiuri.co.jp/otekomachi/20260420-GYT8T00142/

(文=荒井南)