校長と副校長夫婦の息子が、中受・高受に失敗、大学3浪ののち中退して23歳で行方をくらますまで
「親から教育虐待を受け、苦労した」の衝撃
2025年5月7日、東京メトロ南北線東大前駅(東京都文京区)で、20歳の大学生の男性が刃物で切り付けられた事件を覚えているだろうか。この事件で、43歳の自称自営業の男が、殺人未遂容疑で現行犯逮捕され、9月には責任能力があるとして起訴された。
男は、「親から教育虐待を受け、不登校になり苦労した。東大を目指す教育熱心な親たちに度が過ぎると、私のように罪を犯すことを世間に示したかった」と供述。この事件により、“教育虐待”が改めて注目される契機となった。
ちなみに、こども家庭庁は「児童虐待」を以下の4種類と分類している。
〇身体的虐待:殴る、蹴る、叩く、投げ落とす、激しく揺さぶる、やけどを負わせる、溺れさせる、首を絞める、縄などにより一室に拘束する など
〇性的虐待:こどもへの性的行為、性的行為を見せる、性器を触る又は触らせる、ポルノグラフィの被写体にする など
〇ネグレクト:家に閉じ込める、食事を与えない、ひどく不潔にする、自動車の中に放置する、重い病気になっても病院に連れて行かない など
〇心理的虐待:言葉による脅し、無視、きょうだい間での差別的扱い、こどもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティックバイオレンス:DV)、きょうだいに虐待行為を行う など
教育虐待とは、「勉強」「スポーツ」を介し、心理的虐待や身体的虐待が行われる状況だ。しかし、多くは「良かれと思って」「子供のために」行われることが多いのが難しい。子供の心身が耐えられる限度を超え、保護者が学習や訓練を強制するその「限度」とは何か。小学校受験、中学受験が過熱している。中には勉強に向いていない子供が取り組むケースもあるだろう。多くの子供は、親を愛している。「親の望む結果を出せなかった」という思いが、心の傷になる可能性もゼロではない。
キャリア10年以上、3000件以上の調査実績がある私立探偵・山村佳子さんは「今、子供と音信不通になったり、子供から縁を切られた親が、探偵に“無事かどうか確認してほしい”と依頼するケースが増えています。その背景に教育虐待があることが多いです」と言う。
山村さんに依頼がくる相談の多くは「時代」を反映している。山村さん連載「探偵が見た家族の肖像」「探偵はカウンセラー」には、多くの人が抱える悩みを解決するヒントが含まれている。GWには家族とともに過ごす時間が増える人も多いことだろう。そこで、これまでの連載よりGWスペシャルとしてテーマに合わせてお届けする。第1回の「家庭内格差」、第2回の「地方移住と親の介護」、第3回の「フリマとお金」に続き、こどもの日にお送りするのは「教育虐待」がテーマだ。
今回山村さんのところに、相談に来たのは58歳の教員、修吾さん(仮名)。「息子と連絡が取れないのです。探してもらえないでしょうか」と電話があった。話を聞くと、息子への教育に大きな理想を抱えていた。
山村佳子(やまむら・よしこ)私立探偵、夫婦カウンセラー。JADP認定 メンタル心理アドバイザー JADP認定 夫婦カウンセラー。神奈川県横浜市で生まれ育つ。フェリス女学院大学在学中から、探偵の仕事を開始。卒業後は化粧品メーカーなどに勤務。2013年に5年間の修行を経て、リッツ横浜探偵社を設立。豊富な調査とカウンセリング経験を持つ探偵として注目を集める。テレビやWeb連載など様々なメディアで活躍している。
新幹線に乗って相談にきた「校長先生」
今回の依頼者・修吾さんは、東海地方在住です。電話からすぐ新幹線に乗り、遠路はるばるカウンセリングルームに着てくださいました。
「息子がいなくなって、警察に相談したのですが、時間制がないと言われてしまって。息子の友達も知らないし、誰にどう相談して、どこに頼んでいいいかわからず、連載を読んでいた山村さんに連絡しました」
修吾さんは、顔を真っ赤にしつつ、震える声でおっしゃっていました。「誰にも相談できない」と何度もおっしゃるので、その理由を聞くと、職業が公立小学校の校長先生だからだそうです。
なるほど、風貌もポロシャツにジャケットを合わせ、堂々としている。ヘアスタイルも清潔感があり、全体的に爽やかな印象です。55歳の妻もまた、公立小学校で副校長先生をしており、「こんなみっともないことが、地元に広まるのは避けたい」と続けました。それで遠く離れた我々のところに相談に来たようです。
「息子が生まれた時は可愛かったんですけれどね。成長するとおかしくなってきたというか、勉強もできないし、落ち着きはないし……ここまで育ててやったのに、まさかこんなことになるとは思わなかった。怒りを通り越して、呆れています」
息子を心配する気持ちと、勝手な行動をした息子に文句を言いたい気持ちで混乱していることがわかります。「どうか無事でいてほしい」と言いつつも、「私の顔を潰して」と怒っています。
中受と高受に失敗、大学は3浪
こうして聞いていくと、親として愛情を持ちながら、「息子のために」と「自分たちのプライドのために」が混ざって息子さんへの期待のハードルを相当上げてきたのだな、とも感じます。学業に関して聞くと、修吾さんの言葉はなかなか厳しいのです。
「あいつはバカで、中学受験に失敗して、高校受験もダメ、大学に行けるギリギリの私立しか行けなかったんです。さらに、大学も3浪し、9校受けてやっと引っかかった関西の大学に通っていたのはいいのですが、2年生の時に、留年が決まった。そしたら、突然退学し、さらに、LINEも電話もつながらなくなったのです。大学を出ないで、どうするというんですか。私と妻の思いはどうなるのか……」
関西での息子の下宿先は、修吾さんの実の姉が持っているマンション一棟のうちの一室でした。退学の連絡が大学から来たとき、修吾さんは慌てて関西に飛びます。合鍵を使って入室したらもぬけの殻。それを見て警察に行き、いてもたってもいられず、私のところに連絡をしてくださったそうです。ところが、修吾さんの姉は息子の転居をきちんと認識していました。
「姉に息子の様子を聞いたところ、バイトばかりで大学には行ってなかったみたいです。3日前に姉のところに”お世話になりました“って挨拶に来たそうです。そこでご飯を食べて帰ったと言うんです。姉夫婦には子供がいないから、小さい頃から息子を猫っ可愛がりしている。姉の近くに下宿させたのが間違いだった」
姉に息子の居場所を聞くと、「友達のところにいるんじゃないの?」と軽く考えていたとか。たしかにきちんと挨拶に来て片づけをして「転居」しているので、心配する必要はなさそうですが、修吾さんが慌てふためく気持ちもわかりますが、。
「息子は本当にだめなヤツなんです。絵を描かせても下手くそだし、音楽もできない。友達もろくにおらず、反抗したり不良になったりする勇気もない。仕方がないから“なんとか面目が立つ”大学でも、最低レベルのところに入れてやったのに、まさかこんなことになるとは思わなかった。怒りを通り越して、呆れています」
学歴の低い先生はバカにされる
中学生の頃から、修吾さんは息子さんとはあまりコミュニケーションをとれていなかったといいます。
「息子には、小さいころから教育者の息子として恥ずかしくない行動をするよう教えてきました。幼い頃は“お父さんみたいな学校の先生になる”と言っていたので、小学校から塾に入れたり、生活の規律を守らせたりしていたのです。
学校の先生は、不人気職業のように言われていますが、高い能力がないと採用試験に合格しない。実際に先生になってからも、国公立大学、もしくは名門大学出身者の方が出世するし、仕事がしやすい。そもそも、そうでないと保護者からバカにされる。“先生より私の出身校の方が偏差値高いですよね”と平気で言う保護者もいるんですよ」
修吾さんは、東京の名門国立大学出身で、妻は地元で有名な国立大学出身だそう。学歴が高くはない教員がバカにされたり、出世できなかったりという現場を見て、息子は「いい大学」に行かせなければと一層感じたようです。しかし社会に出て何年経っても出身校の偏差値でバカにしてくる保護者の方がおかしい話です。もちろん、努力して偏差値の高い大学に入ることは素晴らしいことです。そこでどんな研究をしたのか、資格を取ったのか。それが社会人になっても経歴の支えになることでしょう。しかし偏差値の高い大学に入りさえすればいいわけではないし、偏差値の高い大学に入ったらそれでいいわけでもありません。
「両親が賢いのに息子が不作では私たちも本人も肩身がせまい。“なんとか、人並みに”と頑張らせても、中退してしまった。居場所を特定して、息子と対話がしたいんです」
「優しいからこそ心配なんです」
修吾さんの話を聞いていると、息子は生真面目で内向的、人見知りで無口、やや気が弱く優しい人物像が浮かび上がってきます。
「そうなんです。優しいところがいいところというか、困っている人に席を譲ったり、ボランティア活動をするようないい子なんです。だから心配というのもあります。変な女に騙されていないか、犯罪に足を突っ込んでいないか、心配でたまりません」
修吾さんが「不作」「人並み」などという言葉を出してくるので、「それだと息子さんはつらいのでは……」と思いながら話を聞いていましたが、ベースは心配しているからなんだなとは感じましたし、息子さんの優しさもきちんと見てきたことは安心しました。心配しすぎて「学歴がないとダメ」と思いこんでしまっているようです。
息子が親しくしていた姉の様子から、命は無事であることを察したものの、「それ以上は聞くな」という姉の雰囲気も察したとか。おそらく、お姉さんは何かを知っているのかもしれません。
「多分、息子は姉の家の近くにいると思うんです。一体何があったのか、話し合って今後のことを決めたい。それにもう、あいつも23歳になり立派な成人です。もう、私も諦めました。ああいうふうに育ってしまったのは、親の失敗です。
保護者を見ていると、やはりダメな親のところには、ダメな子が育つ。私もダメ親だったんでしょう。今回のことで、教育者としては人並み以上でも、親としては人並み以下ってことです。今回初めて他人に身内の恥を晒して、自分の気持ちもまとまりました。もう、息子は親から離れた。最後に、会って話がしたいのです」
親からの人探し依頼案件であっても、息子を連れ戻して、強制的に言うことを聞かせたり、搾取したりする気配があれば、依頼をお断りしています。居場所がみつかったら調査対象に調査のことを伝え、了承を得られたら居場所を伝えることになっています。そうでなければ、ストーカーや虐待に加担しうることもあるからです。ただ、修吾さんはそうではない。理想の親として世間に認められるためにこれまで教育虐待のようなことをしていたのではないかと感じました。
教師としてしっかりしなければならないというプレッシャーと合わさって、不器用に息子さんを追いつめてしまった可能性もあります。
この調査で、親子が話し合いをすれば、きっといい未来が開けるのではないか。成人である息子さんの意思を確認して聞いてみよう。そう祈りながら調査に入ることにしたのです。
◇修吾さんは愛情も深い方だし、仕事の話を聞くと、学生たちへの愛情も感じられ、公立小学校でいい校長先生なんだろうなと感じさせる。身内にだけ特別に厳しくなってしまっているようだ。その誤解は果たして解けるのだろうか。そして親子が顔を合わせることはできるのだろうか。
調査の結果とその後は後編「「早慶国立以下はバカ」と…23歳男性が大学中退して校長と副校長の両親と連絡を絶った「本音」」にて詳しくお伝えする。
