店内に積まれた「調布市」版を手にするくまざわ書店調布店の伊藤店長(20日、東京都調布市で)

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 海外旅行のガイドブックとして親しまれている「地球の歩き方」の国内版シリーズが、取り上げる地域を絞った「ローカル路線」で人気を集めている。

 編集者側も想定していなかった地元住民の厚い支持が、ヒットの背景にある。(坂本早希)

予約殺到

 東京・新宿から電車に揺られて20分ほど。京王線調布駅のビルにある「くまざわ書店調布店」(東京都調布市)の店頭では、昨年10月に発売された地球の歩き方の「調布市」版が今も積み上げられている。

 特徴は情報量の多さと多彩な企画だ。A5変型判256ページ。「ゲゲゲの鬼太郎」で知られ、市内に住んだ漫画家の水木しげるさんゆかりの地などの見所を紹介しているほか、同市に拠点を置くサッカー・J1「FC東京」の長友佑都選手らがお気に入りのスポットを語るインタビューも掲載。地元住民のおすすめグルメも記している。

 同市の男性(89)は1冊を手に取り、「観光地だけでなく、野菜の直売所など身近な情報もある。日課の散歩で役立ちそう」と語った。

 同店での累計販売部数は2600部超に上り、地元住民の購入者が多い。伊藤広輔店長(36)は「発売当初は予約が殺到した。地元のことを知りたいという住民の愛を感じる」と話した。

1年かけて制作

 地球の歩き方は1979年、「アメリカ」版と「ヨーロッパ」版から始まった。海外旅行ブームに乗って部数を伸ばし、現在の海外版のタイトルは約120に上る。1冊を10人ほどのライターが約1年をかけて作る。観光地や歴史、文化なども網羅的に紹介することを心がけているという。

 国内版の第1弾は、東京五輪・パラリンピックの開催に合わせ、2020年9月に発売された「東京」版だった。コロナ禍で海外旅行が難しくなったことなどから第2弾も出すことになり、「『東京』版に多摩地域の掲載が少ない」との声を受け、22年3月に「多摩地域」版が出版された。

 東京といっても、住宅街と自然のイメージが強い多摩地域。区部に比べ、誰もが知る観光名所も多くない。出版元の学研ホールディングスのグループ会社「地球の歩き方」(東京)の社内では売れ行きを心配する声もあったが、いざ書店に並ぶと評判を呼び、約6万部も売れたという。

 国内版はその後、京都、沖縄など都道府県単位に加え、世田谷区、山口市など、より地域を限定したものが相次ぎ誕生し、計30タイトルになった。いずれも発売から数か月間、地元書店での売り上げが上位にランクイン。累計発行部数は計約128万部に上る。

 東洋大の古屋秀樹教授(観光行動分析)は地元住民に人気の理由を、「人は自分が住んでいる地域とのつながりを持ち、定着したいという気持ちが本源的にある。自己肯定感を高めることにもつながる」と指摘する。

「新しい発見」

 取り上げる地域の選択には、そうした「地元愛」も反映される。24年2月に市として初めて発売された「北九州市」版は、都内在住の同市出身者らから「地元の活気を取り戻したい」との売り込みがあったのが、出版のきっかけだった。

 「ど派手」な衣装で知られる同市の成人式に出席する若者に衣装を提供しているレンタル衣装店の思いや、市の玄関口・小倉駅のホームに複数ある立ち食いうどん店の食べ比べなどを掲載。取材に協力した市企画・マーケティング課の村上奈津美課長(48)は「市内7区の一つひとつにスポットが当てられ、新しい発見があった」と語る。

 元編集長で同社取締役の宮田崇さん(48)は「海外版だけを作っていた時には、住民が地元のことを知りたがっているとは気づかなかった」と振り返る。

 インターネットで手軽に調べられる時代に、なぜ部数が伸びるのか。宮田さんは、豊富な情報がコンパクトに盛り込まれた1冊が手元にあることへの安心感が人気の秘訣(ひけつ)だと分析する。「ライターが時間をかけて取材した一次情報は、ネットではそう簡単に検索できず、思いもかけないことを知るきっかけになる」

 今後は、5月に「千葉市」、7月に「神戸市」、8月に「川崎市」と「墨田区」、9月に「足立区」の出版を予定している。