月9史上最高視聴率の伝説ドラマ『ひとつ屋根の下』、次男役・福山雅治がカッコよすぎて生じた「まさかの誤算」

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スターの卵たちが奇跡的に集まって

最高視聴率37・8%―。「月9」の歴史上もっとも高い視聴率を獲得したドラマが、『ひとつ屋根の下』('93年)だ。

江口洋介演じる熱血漢の長男を中心に、両親の事故死でバラバラになったきょうだい6人が7年ぶりに集まり、「ひとつ屋根の下」で慎ましく暮らしながらいくつもの困難を乗り越えていく。そんな人情ドラマが、バブル崩壊後の日本人の心を動かした。

ただし、初回の視聴率は19・5%。黄金時代のフジテレビで『101回目のプロポーズ』(最高視聴率36・7%)を大ヒットさせ、前クールにはTBSで『高校教師』(同33・0%)を送り出した脚本家・野島伸司が手がけるドラマとしては、いささか平凡な数字での滑り出しだった。

当時フジテレビ所属で、『愛という名のもとに』(同32・6%)に続き野島とタッグを組んだ演出家が永山耕三氏だ。永山氏が『ひとつ屋根の下』の初回視聴率を聞いたのは、第4話を撮影している頃。

「やっぱり、20に届かなかったか」―それが素直な感想だった。

「数字は取りたいけれど、難しいだろうとも思っていました。作品のテーマが「清貧」だし、決して「強い」キャストではありませんでしたから」

物語の核となる柏木家6人きょうだいのキャストは、長男・達也が江口洋介、次男・雅也が福山雅治、長女の小雪が酒井法子、三男の和也がいしだ壱成、次女の小梅が大路恵美、四男の文也は山本耕史。―いま振り返ると豪華に映るが、当時はまだスターというわけではなかった。奇跡のように集まったスターの卵が、「柏木一家」をきっかけに、人気俳優となっていったのだ。

「『若者たち』('66年フジ)のような家族のドラマを、『男はつらいよ』のようなアニキを中心にやろう。「畳の上の話」が『ひとつ屋根の下』のコンセプトでした。日本のドラマの古典をやろう、と。

野島伸司とは最初から、『あんちゃんのサンマだけなんで大きいんだ!』『あんちゃんのプリンを食べたのは誰だ!』なんて、昭和ながらの木造建築の狭い居間で喧嘩する家族ドラマを構想していました。そこで「あんちゃん」ができるのは江口っちゃんしかいない、と考えたんです」(永山氏)

親しみを込めて氏が「江口っちゃん」と呼ぶ江口洋介は、当時25歳。制作陣からすれば、満を持しての主演起用だった。『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』『愛という名のもとに』……'90年代はじめのフジ制作のドラマで、常に3〜4番手のポジションで作品を支えていたのが、江口だった。

永山氏は、俳優・江口洋介にどんな才能を感じていたのだろうか。

「いい役者とは、一言でいえば「肚が決まっているかどうか」なんです。

『ひとつ屋根の下』の達也は、とにかく感情の起伏が激しい役。家族の前では明るく振る舞うけど、許せないことにはまっすぐぶつかっていく。あの役は、演技をする上でも負荷が大きかったでしょう。でも、あれほど肚が決まっている、つまり責任感と覚悟がある役者はそういない」

そこに愛はあるのかい?

江口のロン毛はハンサムを象徴するヘアスタイルとして当時すでにブームだったが、黄色いキャップを被せ、ペラペラのジャンパーを着せて、「そこらへんにいるあんちゃん」のキャラクターを造形したことが視聴者の心を摑んだ。

野島が「あんちゃん」を表現するために書いた「そこに愛はあるのかい?」の台詞は流行語になった。家族で笑い合う「ケンケンのシーシー」というポーズや「一家の電信柱」といったとぼけた台詞も次々と「バズ」を生む。

永山氏と、プロデューサーの大多亮、そして野島伸司が目指した方向性が、清貧の物語を、フジテレビらしい「メジャーポップ」でやろう、というものだった。いじめや格差、障害といった社会問題を反映した重いテーマを扱いながらも、登場するキャラクターたちは明朗快活な、王道ドラマであることを徹底した。

「家族みんなで笑って泣けるドラマをつくっているつもりでした。そんな人情噺の中心になれる役者が江口っちゃんなんです」(永山氏)

その弟の雅也、通称「チィ兄ちゃん」を演じたのが、当時24歳の福山雅治。すでにTBSドラマ『あしたがあるから』('91年)、『愛はどうだ』('92年)に出演していたが、世間の認識は「ハンサムなミュージシャンが俳優もしている」という程度だった。

「きょうだいの中でひとりだけカネを持っていて、ニヒルなキザ、女性にモテまくる……雅也は典型的な二枚目の役です。「畳の上の話」だからこそ、反面にアクセントとなるような都会的で格好いい役を置きたかった」(永山氏)

両親の事故死の後、バラバラになったきょうだいのうち、大病院の院長(清水綋治)に引き取られ後継者候補として過ごしていた医学生の雅也。頼れる次男が、養父と別れて柏木家での暮らしを選び、きょうだいがひとつ屋根の下に揃った。この第4話「チィ兄ちゃん帰る」で、作品の「第一部」が終了する。

永山氏によれば、TBSドラマ『金曜日の妻たちへ』などの大ヒット作を手がけた脚本家・鎌田敏夫のこんな教えが頭にあった。

「鎌田さんとは『ニューヨーク恋物語』('88年フジ)でご一緒したのですが、連続ドラマは1クール11〜12話のうち、最初の3〜4話と、最後の3話でしっかり骨組みを作るのが大事だと。4話で土台ができたことで、5話の『車椅子の弟へ』から視聴率も30%近くまで上がり、どんどん盛り上がっていきました」

雅也と難病の女優(内田有紀)の恋路も、家族一人ひとりの苦悩を描く物語の一つの筋としてドラマを支えた。

しかし、「格好良すぎる」福山雅治の存在は、制作陣にある誤算を生んだ。あくまでも人情噺を支えるいくつかの柱として入れ込んだ恋愛の要素―あんちゃんとチィ兄ちゃんと小雪の三角関係―が想定以上に視聴者をヤキモキさせ、しだいに作品全体がラブストーリーとして見られるようになっていったのだ。

【後編を読む】「のりピーが出てるよ」フジテレビの伝説ドラマ『ひとつ屋根の下』、撮影時に酒井法子が演出家から受けた「注意」

「週刊現代」2026年4月27日号より

【つづきを読む】「のりピーが出てるよ」フジテレビの伝説ドラマ『ひとつ屋根の下』、撮影時に酒井法子が演出家から受けた「注意」