「好きな人いるの?」は友情の証 目指せ甲子園!明大八王子野球部初の女子選手が乗り越えた「男女の壁」
西東京から初の甲子園出場を目指す明大八王子野球部。同部の歴史に新たな一ページを刻んだ選手がいる。初の女子選手として24年春に入部した三宅希空(のあ)内野手(3年)だ。男子選手に交じって白球を追い続け、いよいよ高校野球最後の夏に向かって歩みを進める。入部から2年、幼い顔つきは凜々しく変わり、選手としての自信がにじんだ。
「最初は本当に不安でいっぱいでした。でも、今は心からこのチームでよかったと思っています」
小学校3年から男子に混じって野球を続けた。高校は偏差値68の明大八王子で「文」、甲子園を目指す野球部で「武」を磨くことを決めた。同部には女子選手が在籍したことがなかったが、椙原(すぎはら)貴文監督に熱意を伝え、入部の道を切り開いた。
しかし、現実は甘くなかった。強豪ひしめく西東京を勝ち抜くための練習は過酷で、ついていくだけで精一杯。ポジションは一塁手。内野手の鋭い送球にミットが弾き飛ばされたことも。男子選手とのフィジカルの差は歴然だった。
だが、それ以上にチームメイトとの「心の距離」に悩んだ。「元々、凄く男子と話せるタイプではなかったので、ずっとオドオドしてしまって…」。唯一の女子選手という立場に孤独、技術で劣ることに引け目を感じ、無意識に心を閉ざしていた。
1年の冬。冷たくなった心を溶かしたのは他愛のない出来事だ。「一番怖いと思っていた」という先輩からティー打撃に誘われた。練習を共にする中で交わした何気ない会話。固く閉ざしていた心の扉が自然と開いていった。翌日以降は他のチームメイトからも自然と声がかかるようになった。
「野球の技術で劣っていたから自分で引いてしまっていました。素の自分を出せていなかった」。仲間との距離が縮まる中で、三宅は自分を取り戻していく。本来は声でチームを鼓舞するガッツマンであることを思い出して心機一転。積極的に声を出し、自分の意見を仲間に伝えていくと「三宅希空」という人間がだんだんと周囲に理解された。
さらにガッツの他に長所がもう1つ。男子選手も音を上げる冬の厳しいトレーニングがへっちゃらだった。「体力には結構、自信があるんです。同期の中でも3番目くらいには」。その言葉通り、厳しいランメニューでも食らいつき、初めて選手として仲間から一目置かれた。「認めてもらえた」――。その実感を得た日から、野球は再び輝きを取り戻した。仲間と固い絆で結ばれ「今では“お前、好きな人いんの?”なんて話もできるくらい」と笑う。男子同士ならば当たり前の会話。それがうれしかった。
最上級生となったいま、チーム内での信頼は絶大だ。1月に実施したティーボール教室では責任者を任せられ、春季東京都大会では応援団の副団長としてスタンドから声を枯らす姿があった。椙原監督は「今は“これがウチの三宅です”と、誰にでも紹介できる選手です」と目を細める。
プレーヤーとしても右肩上がりの成長を続けた。かつて送球に弾かれたミットは力強い捕球音を響かせる。3月の練習試合では安打も放つなど男子との差を感じさせないプレーを見せている。公式戦のグラウンドに立つことはできない。それでもモチベーションは揺らがない。「練習で良いプレーをすれば、みんなが自分のことのように喜んでくれる。その空気が本当にうれしい」。仲間と分かち合う一瞬一瞬が、2度と戻れない青春の日々。「プレーヤーとしての最後はまだまだ」と高校卒業後も野球は継続する見込みだ。
「自分たちの目標は甲子園に行くこと。どんなときも諦めないで最後まで戦ってほしいですし、自分もこのチームのためにできる事を全うしていこうと思っています」。7月の西東京開幕まで残り3カ月。三宅の高校野球が最終章に突入した。(アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)
◇三宅 希空(みやけ・のあ)2009年(平21)3月20日生まれ、埼玉県上尾市出身の17歳。大石小3年時に小泉ジュニアーズで野球を始め、大石中では軟式野球部と硬式のTBAヤングに所属。憧れの選手は阪神・近本。特技は「クレヨンしんちゃん」野原しんのすけのモノマネ。趣味は「MISIA、中島みゆきの歌を歌うこと」。左投げ左打ち。

