妻を子宮がんで失って3年 「不倫じゃないのに…」51歳夫が再婚を考えた相手を娘たちが“拒否”するワケ
【前後編の後編/前編を読む】もしや僕の子ではないのでは… 51歳夫の疑念の始まりは、娘の「ある部位」への違和感だった
妻に先立たれた百川康太さん(51歳・仮名=以下同)には、いま再婚を考えている相手がいる。だが、そのなれそめを知った2人の娘は強く反発している。亡き妻・美千惠さんとの結婚生活には、拭いきれない疑念もあった。夫婦の共通の友人だった海老名さんが、次女の本当の父親ではないか、というものだ。康太さんが海老名さんを自宅に招いて対面させると、美千惠さんは絶句。その後も「様子がなんとなくおかしかった」と康太さんは言う。だが真相は不明のまま家庭生活は続き、そして40歳で、夫妻に「試練」が訪れる。

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長女が小学校6年生、次女が3年生のときだった。体調がよくないと言っていた妻が病院で受けた検査結果を伝えてくれた。
「子どもたちが寝静まり、僕らも寝室に入ったとき、子宮ガンだって、と美千惠は小さな声で、泣き笑いのような顔をしながら言いました。え、と返すしかなかった。僕はそれほど大ごとととらえていなかったんです。職場にも子宮ガンになって手術を受け、元気に戻ってきた先輩がいたから、『手術すれば大丈夫なんでしょ』と言いました。すると『かなり進行しちゃったみたい。今度一緒に病院に行ってくれるかな』と。いつもと違って元気のない声に『わかった。大丈夫だよ』と励ましました」
ところが再度の検査の結果、子宮ガンのステージ3だとわかった。手術を受ければ、5年生存率は6割前後だと医師は言った。とにかくすぐに手術するしかない。ふたりの娘たちに、康太さんと美千惠さんは正直に話した。
「長女は目を見開き、次女はすぐに泣き始めました。美千惠は『泣かないでよー。ママは絶対に生きるよ、5年どころじゃない、何十年も生きるから』と力強く言いました。もちろん僕も『当たり前だよ。ママが体の調子がよくないときは、パパときみたち3人でがんばろうな』と言ったけど、実際は不安でいっぱいでした。家庭はやはり美千惠を中心に回っている。娘たちが絶対的な信頼をもっているのは母親に対してで、僕ではないということがありありとわかりました。まあ、父親はそんなものでしょうけど」
夫婦として信頼していないのでは
手術をし、数ヶ月後には日常生活に支障のないくらい元気になったように見えた。だが実際には体は順調に回復していたが、メンタル的には相当落ち込んでいたようだった。康太さんは主治医にメンタルケアも頼んだ。
「少し性格が変わったように思えたんです。些細なことで文句を言ったり、ときに大声で娘たちを怒ることもある。特に僕には当たりが強かったですね。いったいどうしちゃったんだよと言ったこともあります。美千惠はハッとして『ごめん』と黙り込んでしまった。たぶん、不安だったんでしょう。回復しているように見えても、本人としては前と同じように動けるわけではないという焦燥感、もちろん再発への不安もあるでしょうし。当事者でなければわからない恐怖があるんだろうと想像することしかできない。それは僕もつらかったです」
ようやく落ち着いてきたと思えた3年目、転移が見つかった。だが転移の件は、すぐに康太さんには話してくれなかった。ひとりで入院を決めてから、やっと話してくれたのだ。恐れていたことが起こってしまったとき、美千惠さんは腹をくくったようだった。
「また入院してくるわ、と気楽な感じで言うので、こっちがショックを受けました。どうして話してくれなかったんだよと言ったら、なんだかね、あなたに悪い気がしてって。水くさいじゃないかと思わず僕は涙声になってしまった。子どもたちには話したのに、僕に伝えたのは入院する前日ですよ。あんまりだと思いました。あとから中学生の長女が『ママは、パパに迷惑をかけるって言って落ち込んでいたよ』って。ずいぶん他人行儀ですよね。夫婦として信頼していないのではないかと気が沈みました」
言いかけてやめた言葉
そんなとき海老名さんから、また海外へ行くことになったと連絡があった。待ち合わせて飲みに行き、つい美千惠さんの話をすると、彼は「オレも聞いたよ。再発したって」と言われて驚いた。海老名さんが「また海外に行く」となにげなく連絡したら、美千惠さんが「再発しちゃって」と打ち明けたのだという。
「オレより早く海老名が知っていたのか、とさらに落ち込んで。そのことも言ったら、『美千惠って昔からそうじゃなかった? 肝心なことは言わないところがあったよ』と。『おまえのことが大事だから言えなかったんだろう』と言われたけど納得はできなかった。おまえたちさ……と言いかけて、やっぱりやめました。海老名を疑っては申し訳ないと思ったから」
釈然としなくても、人間には飲み込まなければいけないこともあると、康太さんはつぶやいた。娘はふたりともかわいい。当然、自分の子だと信じてきた。それでいいと思っていたが、美千惠さんは自分のことをそれほど信じてはいなかったのだろうかとふと体の中を風が通り抜けていくような気持ちになった。
康太さんが「好きになってしまった」女性
妻が病気になって8年目、再々発がわかった。治療をしながらも、それが決して明るい未来を示すものではないことは美千惠さんも康太さんもわかっていた。それでも美千惠さんはがんばった。なるべく日常生活を「普通に」過ごそうとしているように見えたから、康太さんもその心に寄り添った。
具合が悪いときは家のベッドで過ごす。妻のベッドはリビングに移動し、いつでも家族が話しかけられるようにした。いつしか妻も在宅のまま最期まで過ごしたいと口にするようになった。看護師や医師、さらにヘルパーさんなどが出入りし、娘たちには落ち着かない環境だったかもしれない。
「そんなときに僕は、出入りしている福祉関係の女性を好きになってしまったんです。もちろん告白なんかしていません。長い間、相談相手になってくれました。彼女としては職務の一環です。ただ、僕の気持ちを彼女はわかってくれていたのではないかと思う」
あるとき今日は気分がいいと起き上がっていた妻が、「ねえ、万里子さんはどう?」と彼に言ったことがある。まさに彼が好きになっている女性のことだったので、ドキッとしながら「何が」と言ったら「あなたの気持ちはわかってる。私はいいと思うよ」とニヤッと笑った。
妻の逝去後に…
再々発から半年後、妻は容態が急変、病院に運ばれたが数日後に亡くなった。半年間、康太さんはすべてを犠牲にしながら妻の世話に明け暮れていたから、寂しさと同時に「解放された」感覚もあったと正直に言った。妻を失うつらさと、解放感は別のものだと彼は小声でつぶやいた。
それから1年後、彼は偶然、万里子さんと再会した。自身が会社の健康診断でひっかかり、再検査を受けに行った病院でばったり会ったのだ。万里子さんはその病院に勤務していた。
「彼女から声をかけてくれたんです。その節はどうもと挨拶をし、これから帰るという彼女と一緒に病院を出て、近くの喫茶店でお茶をしました。彼女は終末期の訪問看護師だったのですが、今は病院勤務になったそう。訪問看護師としての最後の患者が美千惠だった、印象的な患者さんでしたと言ってくれて。美千惠が『万里子さん、いいと思うよ』と言っていたことを思い出し、目の前の彼女のことを僕はやはり本気で好きだと実感しました」
プロポーズするも…娘ふたりは大反対
万里子さんは離婚経験者だが今は独身であること、子どもはいないことなどを世間話のついでに聞き出し、彼は「今度は食事に誘ってもいいですか」と尋ねた。「あなたの再検査が何でもなければ」と万里子さんは微笑んだ。
幸い、康太さんの健康状態に問題はなかった。それからふたりはときどき会うようになった。妻が在宅で療養していたころ、万里子さんが康太さんの気持ちに気づいていたこともわかった。疑似恋愛に陥りやすいシチュエーションだから、そういうときはあくまでも職務として対応するが、「あのときの私の気持ちも複雑だった」と万里子さんは、会うようになって半年たってやっと打ち明けてくれた。
「妻が亡くなって3年たって、僕は万里子にプロポーズしました。子どもたちも大人になっているし、理解してくれると思っていた」
ところが娘ふたりは大反対だった。しかも「あのときの看護師」と聞いて、父親が不倫をしていたのだと決めつけた。再会して時間をかけてつきあうようになったと言っても納得してくれない。「ママが生きているころから、そういえばパパが彼女に向ける視線はおかしかった」などと長女が言い出す始末だ。ふたりにとって、母の死はまだ受け入れがたい現実だったのかもしれない。
「不倫などするはずがない。僕はママを愛していたと娘たちに言ったけど、ふたりとも感情的になってしまって。『ママがいなくなって1年もたたないうちに他の女とつきあいだしたわけね。それで愛してたと言えるの』と、今度は次女に責められました。次女がキッとなって僕を睨んだその顔が、やけに海老名に似ているような気がして、僕も感情的になり『ふたりが反対してもパパは結婚するから』と宣言してしまいました」
「再婚しよう」と「様子を見よう」をいったり来たり
長女は25歳、今は就職して家から通っている。22歳の次女は大学院に進学予定だ。ふたりとも毎日、母の仏壇前に座ってから1日が始まる。そんな状態のところへ父の再婚を受け入れられるはずもないのかもしれない。
「気持ちについて言えば、僕は確かに妻が生きているころから万里子を好きになっていた。でも形として恋愛ではなかった。再会後も友だち関係が続いた。恋愛という形になったのはここ1年ほどのことです」
娘の反対を押し切って結婚する手はあるが、それは万里子さんが望んではいない。結婚したり同居したりしなくても、「このままでいいんじゃないかしら」と万里子さんは言っているそうだ。
「万里子は44歳になります。他の人と結婚なんかしないからと言ってくれていますが、いつ誰に奪われるかわからない。ずるずるつきあうより、僕はきちんと結婚したいんです」
家を出て再婚しようと思うと彼は言った。それが娘たちとの絶縁となってもしかたがないと。かと思うと、別の日には「やはりしばらく様子を見ようと思います」というメールが送られてくることもある。彼自身、決断がつかないのだろう。妻のことは愛していたと言いながらも、やはり妻が裏切った瞬間があったのではないかという疑惑も持ち続けている。すべてをクリアにはできないし、するつもりもないのだが、「このままだと先には進めないような気がする」というのが本音のようだ。
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康太さんの胸の内では、再婚問題、そして亡き妻の疑惑のふたつがくすぶりつづけているようだ。彼が美千惠さんに疑念を抱いた「理由」、彼女と海老名さんとの対面の様子は【記事前編】で紹介している。
亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。
デイリー新潮編集部
