ヒグマとツキノワグマの交雑種が人間を襲っている!?…秋田で囁かれる”モンスター説”を専門家が検証

写真拡大 (全3枚)

野犬の群れが去って…

2025年は日本各地でクマが人間の生活圏に出没し、住民たちを震え上がらせた。年末恒例となった清水寺が書く“2025年を表す言葉”も「熊」だった。

人里に降りてくる原因の一つと指摘されているのが、ツキノワグマの好物であるドングリの豊凶の影響だ。凶作の年はクマが餌を求めては人里にやってくる……というものだが、ドングリの豊凶との因果関係はないとの研究もある。人里では楽においしい食べ物が手に入ることを学習したクマがやってくる……との見方もあるのだ。

哺乳類について詳しい動物学者の今泉忠明氏は「クマを取り巻く状況に原因がある」と見ている(以下「」は今泉氏)。

「ドングリが生育する気候条件を満たす、山中のある一定の標高をクマは水平移動しながら捕食していたはずです。しかし、山に道路が通ったことでクマの水平移動を妨げるようになり、一定のエリアに閉じ込められるようになった。上下に垂直移動せざるを得なくなった影響で人里に降りてきた側面は無視できません」

クマが人里に降りてくる原因は他にもあるという。

「クマはこれまでも人里に降りてきてはいたでしょう。ただ、クマにとっては人里は怖いところだったはずです。例えば、昔は野犬の群れが人里付近を縄張りにしていた。野犬の群れは腹が減れば人里にやってきて、満たされれば山に戻っていく。人里付近でも山でも生きられました。野犬は頭が良くて、楽なほうで食べ物をとるのです。

犬一頭ではクマに敵いませんが、群れになると違う。クマやイノシシを狩る猟犬も同じ動きをしますが、群れでクマを囲み、クマの後ろにいる犬が脚に噛みつき、そちらに向き直ると今度は前にいた犬が脚に噛みつく。そんな波状攻撃を仕掛けるのです。クマにとって野犬の群れは怖いもの。そんな野犬がいる集落周辺も怖いものだった。

人間でも、“野犬と会ったら、目を合わせずにそっと立ち去れ”と言われていました。しかし、そんな野犬も発症すれば100%命を落とす“狂犬病”のリスクから、ここ50年くらいで駆逐されました。山にはニホンオオカミというクマの敵がいましたが、それも絶滅しています」

野犬の群れがいなくなって随分経つが、今になって影響が出てきている背景には「クマの学習能力がある」と今泉氏は指摘する。

「母親グマに人里に連れられてきた子グマが怖い経験をする。野犬の群れは怖い、野犬のいる人里も怖い……と数世代かけて学習していたんですが、数十年を経て“もう人里に野犬はいない”“人里にある柿の木に登れば、楽においしい柿が食べられる”と変わってしまった。

“学習放獣”といって、罠にかかったクマに怖い思いをさせてお仕置きをして山に帰す……という風習もありますが、ポピュラーではない。殺処分になるクマがほとんどなので人間の怖さは伝わらないのです。クマを取り巻く環境の変化が今の状況を生んでいるのだと思います」

唯一、長野県だけが積極的にクマの“学習放獣”に積極的だったが、昨年11月に全頭駆除に方針転換している。

クマの出没頻度が高まり、人間が襲われ、怖い思いをさせられている中でこんな話も出てきた。

2012年4月、秋田県でクマ牧場からヒグマが逃げ出し、従業員を襲った。豪雪や牧場内の除雪によって積み重なった雪を利用してクマが柵を乗り越えたとみられている。2人の命が失われ、逃げ出したクマ6頭が射殺される痛ましい事件となったが、近年クマによる被害が相次いでいる秋田の一部で、

《あの時に逃げたヒグマで生き残った個体がおり、ツキノワグマと交雑して殺人モンスターに進化している》

という噂が流布しているのだ。

ホッキョクグマ×ヒグマが登場

日本では本州にツキノワグマ、北海道にヒグマとわかれて生息しているが、元々は陸続きで、同じ場所に棲んでいた。現在でもシベリアの南、ロシアのアムール地方や朝鮮半島の北部では生息地は重なっており、その中で棲みわけができているという。

ツキノワグマとヒグマの交雑が可能であるならば、もうあちこちで雑種が存在しているはずだが、そのような事実はなく、今泉氏は「“極限状況”でもなければ、ツキノワグマとヒグマの交雑はあり得ない」と断ずる。

「ツキノワグマとヒグマは種も大きさも食性も異なります。交雑しないから種が違うのです。恐らく動物園などの特別な施設で積極的に交雑させようとしても無理でしょう。

メディアが“クマが怖いもの”と煽り過ぎな気がしています。クマと遭遇して悲鳴を上げてしまうから、襲われる。この“ツキノワグマとヒグマのハイブリッド”という話こそ、その掻き立てられたクマへの恐怖心の表れ、恐怖心の生み出した幻影ではないでしょうか」

しかし、世界規模で見ると、“極限状況”でなければあり得ないことが起きているという。

「ホッキョクグマとヒグマの交雑です。これは実際に標本にもなっており、その存在は知られています。ホッキョクグマ全体の1%ぐらいいるとされています。氷ができなければ、ホッキョクグマはアザラシを捕獲できません。地球温暖化の影響を受けてホッキョクグマは痩せ細ってしまっているそうで、ヒグマが生息する地域まで出てきているのです」

氷河期に陸続きだったベーリング海峡を渡って、ヒグマはユーラシア大陸からアメリカ大陸に移動して南下、北米全土に散らばった。

だが、極寒の地に残ったヒグマもいた。数十万年かけて、獲物となるアザラシに見つかりにくい白い毛を獲得した個体がホッキョクグマとなったという。種は違うが、かなり近いものだとはいえる。

「行ったり来たりの話のようですが、種が違えば交雑もしない……という前提に立てば、それは大変なこと。それこそホッキョクグマは極限状態にあって、ヒグマ相手でも、“大きさも形も近いから、交尾しなければ!”となっている。

種の分化には万年単位の時間がかかるものなのに、地球温暖化は数年単位で種の雑種化を進ませた。このままいけば2100年にはホッキョクグマは絶滅しヒグマに取り込まれることになるでしょう」

クマもさまざまな困難や命の問題に直面しており、その多くに同じ地球上の生き物であるヒトが影響しているのだ。

取材・文:納戸 剛