全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真を見る】分厚いアロマの芳醇な余韻があとを引く、エスプレッソ・シングル350円

店内は奥がテーブル席、入口近くに立ち飲みできるバンコを備える


四国編の第38回は、香川県善通寺市の「カフェ・モトーレ」。店主の岡部さんは、日本のイタリアン・バールの先駆け、バール・デルソーレで腕を磨き、競技会で二度の日本一に輝いた、香川のバリスタの第一人者。まだ地元ではバールの存在に馴染みのなかったころから、さまざまなカルチャーギャップを乗り越え、本場のエスプレッソの醍醐味を地道に広めてきた。開店以来、正統派バールのスタイルを貫いてきたが、コロナ禍を経た2年前から、原点であるエスプレッソを主役に据えたカフェとして心機一転。コーヒーの提案に力を入れ、店の使い方も柔軟に変化したこの店が体現する、地元に根付いたカフェのあり方とは。

店主の岡部さん


Profile|岡部正博(おかべ・まさひろ)

1977年(昭和52年)、香川県生まれ。学生時代に読んだカフェ専門誌の記事がきっかけでバリスタを志し、東京のバール・デルソーレの門を叩く。厨房の仕事から始め、業務の傍ら自主的に抽出技術を学び、創業者・横山千尋さんの薫陶を受けながら約2年修業。2006年、地元の善通寺市に「バール・モトーレ」をオープン。2022年に「カフェ・モトーレ」に改称しリニューアル。2015・16年、日本バリスタ協会が主催するバリスタグランプリで2年連続優勝。IIAC(イタリア国際カフェテイスティング協会)によるエスプレッソ・イタリアーノの四国初の認定店として、エスプレッソの魅力を発信している。

■香川で一番のバリスタを目指して一念発起

バイクや自転車でのツーリングで立ち寄るお客も多い


丸亀市の南に接する善通寺市。「カフェ・モトーレ」があるのは、遠く金比羅山を望むのどかな田園地帯だが、扉を開けると、シックな空間と香ばしいコーヒーの香りが迎えてくれる。「エスプレッソの醍醐味を地元に広めたい」と、20年前に店を構えた店主の岡部さんは、香川のバリスタとして先駆け的存在。開店以来、県内でもいち早く、本格的なバールの楽しみを伝えてきた。

今では、ムダのない所作でマシンを操る姿も板についたものだが、今にいたる始まりはカフェへの憧れからだった。「学生時代が、ちょうど90年代で、カフェブームのど真ん中。子どものころ、父と喫茶店によく行っていた記憶もあり、何となくカフェがしたいなとは思っていました。ただ、家業が建設関係の仕事だったので、大学ではそれに関連する学科を学んでいました」と岡部さん。そんなある日、カフェの専門誌を眺めていて、バリスタという仕事があることを知る。偶然、見た記事によって、漠然とした思いは具体的な進路へと変わっていった。

「そのとき、大きく紹介されていたのが、東京のバール・デルソーレのオーナー、横山千尋さんでした。日本のバリスタの第一人者で、当時のジャパン バリスタ チャンピオンシップのチャンピオンとして注目されていましたが、そのころは全く知らない世界でした」。それでも、当時まだ耳慣れなかったバリスタという存在に強く惹かれた岡部さん。早速、バリスタを経験できる仕事を探したが、香川では、デル・ソーレに匹敵するようなバールはまだなかった。さらにシアトル系カフェにも応募したが、建設関係の仕事しか経験がなかったため採用にはいたらなかったという。それでも、あきらめなかった岡部さん。

「なかなか見つからずにもやもやしていましたが、ふと、バリスタのチャンピオンのもとで修業すれば、香川でも一番になれるのでは」と一念発起。バール・デルソーレに履歴書と手紙を送ると、厨房でよければOKとの返事を得た。「唯一、ファミレスの厨房でのアルバイトはしたことがあったので、それがなんとか活かされました」と、細いながらも目指す道が開かれた。

「いつ来ても、クオリティの高い一杯を楽しんでいただきたい」と岡部さん


デルソーレでは、仕事の割合は厨房が8に対して、ホールが2くらいの割合。それでも、営業時間外でエスプレッソマシンに触れることはできたため、早出、居残りで時間を捻出し、ほぼ自主練習だけで腕を磨いた。「地元で開店するために、早くに修業を終えたいと必死でした。デルソーレでは、“基本なくしてアレンジなし”という横山さんのモットーで、エスプレッソの抽出にOKが出ないとミルクを扱えないというのが基本ルール。認められるまでに1年かかりましたが、今思えば、納得できます。ほかのドリンクもすべてエスプレッソに合わせて作るので、すべての土台になるもの」と岡部さん、横山さんの薫陶は今も胸に刻まれている。

およそ2年の修業を経て、結婚、出産を機に香川に戻った岡部さん。開店に向けて資金を貯める間に、人づてに岡部さんのことを知り、声をかけてくれたのが珈琲倶楽部の大西さんだった。「ちょうど珈琲倶楽部にエスプレッソマシンを導入された時期で、お店を手伝ってほしいと誘っていただいて。週2回ほど店に入って、僕がエスプレッソやマシンのことをレクチャーして、大西さんから焙煎、ドリップのことを教わるという形で。ここから香川で同業者のつながりも広がりました」と振り返る。開店の前年には、大西さんと共にイタリアに出向き、IIACが認証する、エスプレッソ・イタリアーノ・テイスター資格を取得した。

分厚いアロマの芳醇な余韻があとを引く、エスプレッソ・シングル350円


■一躍、店の存在を広めた競技会での快挙

マスカルポーネチーズクリームが2層になった、バリスタ ティラミス600円。エスプレッソのコクと香りを活かしながら、あと味は軽やかに


満を持して2006年、「バール・モトーレ」をオープンした岡部さん。とはいえ、界隈では初となる本格的なバール。当初はカルチャーギャップに悩むことが多かったという。「店を始めてみると、エスプレッソの注文はないし、飲み方がわからないというお客さんがほとんど。注文があっても、ドリップコーヒーと同じように、本を読みながらのんびり飲む方もいました。当時は、“量が少なくて苦い”というイメージが先に広まっていたこともあり、伝え方には苦心しました」と岡部さん。そこから、テーブルに飲み方を解説したシートをテーブルに置き、地道に伝えていった。

一方で、イタリアンというイメージから、開店当初からパスタのリクエストが多かったとも。「最初は軽食だけでしたが、パスタはないですかとすごく聞かれて(笑)。調理技術はあるので、ランチにパスタを出し始めたことで、ランチメニューが中心になって。自家製のピザも好評で、食事目的のお客さんが増えていきました」。ただ、何より岡部さんのイメージと違っていたのは、バリスタとお客の距離感だ。「ほとんどが喫茶店感覚で会話を目的にしていないから、こちらから話しても取り合ってもらえないことが多かったですね。エスプレッソを飲んでほしいとの思いが強すぎたところもあり、デルソーレの雰囲気そのままでは合わないというのを感じて、そのギャップを埋めるのが難しかった。たとえば、立ち飲みのカウンターなら安くなるといった、バールならではのスタイルを随時伝えるなどして、徐々にきっかけをつかんでいきました」と振り返る。

バリスタグランプリの優勝トロフィーや、エスプレッソ・イタリアーノの認定証も展示


その潮目が変わったのは2015年、日本バリスタ協会が主催するバリスタグランプリへの出場。チャンスをもたらしたのは、師匠である横山さんからの誘いだった。「それまでに一度、JBCに出たものの振るわなかったので、悩んで考えましたが、ほかならぬ師匠の誘いなので出場を決めたんです。横山さんからバリスタグランプリのことを聞いたのが、申込締切の前日だったという事情もありますが(笑)」。半ば成り行きで参加した競技会だったが、なんと初出場にして初優勝。しかも、翌年の大会でもチャンピオンとなり、同大会を2連覇したバリスタは、岡部さんただ一人だ。

この快挙を機に、周りの見る目はガラリと変わり、地元のあらゆるメディアが取材に駆け付けたという。「お客さんから話しかけられることも増えて、飲み方やメニューのことを聞いてくださるようになりました。何より、同じことを説明しても説得力が全然違う。このときもランチが忙しく、自分が調理に付きっ切りで、エスプレッソが淹れられないという、本末転倒になっていました(笑)」。以来、県外から同業者が訪れることも多くなり、「地方でバリスタのつながりも少ないなか、大会で知り合いが広がったのは大きい」と、自身にとっても価値ある優勝となった。

また同時期に、IIACが正確なエスプレッソの基準を満たす、エスプレッソ・イタリアーノの店として四国で初の認定をされている。「条件は豆、マシン、グラインダー、IIAC資格を持つバリスタの4つを満たす店。やるならば本物を提供したいと思っていたので、本場に認めてもらえたことでより説得力が増します」と、クオリティに磨きをかけ、近年はエスプレッソの教室も開催し、普及に力を入れている。「ラテアートはけっこうありますが、エスプレッソそのものをテーマにした教室は意外に少ない。ネガティブ表現が先行しているから、そこをポジティブに変えていこうと、飲み方も砂糖をたっぷり入れて、チョコレートの甘さに近づけるイメージを伝えています」

シェカラート700円。まろやかな甘味にビターな余韻がさわやか


■一意専心の姿勢でエスプレッソの醍醐味を発信

「最初、スイーツもティラミスとパンナコッタしかなかったですが、徐々に充実させてきました」と岡部さん


2016年に高松市街にも姉妹店を出店するなど、活動の幅を広げていった岡部さん。折り悪くコロナ禍によって高松店は閉じたが、これまでの経験を踏まえて、心境の変化もあった。2022年に「カフェ・モトーレ」と名前を改め心機一転、それまでは夜も営業していたが、よりコーヒーを中心に据えるべく朝型の営業時間にシフトした。「デルソーレでの経験を地元で広めたいと思っていましたが、この辺りではバールの響きに馴染みがなく、字面だけだとBAR=バーになるので、アルコールのイメージも強くなり、何が味わえるのかがわかりにくい。本場のエスプレッソを飲んでほしいという、本来の意図に立ち帰り、カフェと改称することで間口を広げ、メニューが想像しやすくなったと思います」

壁を飾るカーニバルの仮面は、バール・デルソーレ本店から譲りうけたもの


改称後はモーニングメニューなど喫茶店スタイルも取り入れたが、バールのスタイルにはこだわらなくとも、エスプレッソが店の顔であることは揺るぎない。「バリスタを始めて、エスプレッソのおいしさに気づいて以来、コーヒーに流行はありますが、ここでは同じものを変わらず出すことに注力しています。これからも飲んで価値あるものを常に出していきたい」と岡部さん。開店からやがて20年、「大西さんからも、“もうベテランの仲間やぞ”と言われます(笑)」と、年を経て立場も変わり、今は若手バリスタに自らの経験を伝えたいとの思いも強く、近年は日本バリスタ協会のインストラクターとして競技会の運営にも携わる。一方で、自身も新たに、IIAC主催の競技会、エスプレッソ・イタリアーノ・チャンピオンに挑戦。2019年、2025年に3位を獲得しているが、再びチャンピオンとして世界大会への出場を目指している。

「この店が、みんなを元気づける場所にできたら」と名付けた、モトーレの名は、イタリア語でモーター、原動力の意味。今では近隣のお客に加えて、遠方からのツーリング客がエスプレッソで一息つくという光景も見られる。「県外から、うどん屋巡りの途中に寄られる方も多くて、地元のうどんを食べた後は、地元のカフェに寄ってもらえたら、旅も楽しくなるはず」と岡部さん。人気のうどん店が点在する界隈、食後はエスプレッソで締める、というコースが定着すれば、香川ならではのバールの楽しみ方になるかもしれない。

店で使用する豆やドリップバッグも販売


■岡部さんレコメンドのコーヒーショップは「地域に出会う商店 ふじたしょうてん」

次回、紹介するのは、香川県丸亀市の「地域に出会う商店 ふじたしょうてん」。

「店主の藤田さんは、最初は僕の同級生と一緒に店に来てくれて。それ以来、一人でも時々来て、エスプレッソ教室にも参加してくれました。ほどなく自宅の裏庭で店を開くと聞いて、おもしろいことを始めたなと思いました。単なるコーヒー店ではなく、イベントかき氷店をしたり、シェア書店を開いたりと活動の幅が広くて、今後、香川のコーヒーシーンを盛り上げる、楽しみな存在です」(岡部さん)

【カフェ・モトーレのコーヒーデータ】

●焙煎機/なし(ミラーニ)

●抽出/エスプレッソマシン(チンバリ)

●焙煎度合い/中深煎り

●テイクアウト/あり(400円〜)

●豆の販売/ブレンド1種、100グラム1000円〜

取材・文/田中慶一

撮影/直江泰治

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