鹿児島読売テレビ

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 23日は太平洋戦争末期の沖縄戦で旧日本軍の組織的な戦闘が終結したとされる「慰霊の日」です。沖縄戦に400人以上が出撃した知覧の特攻の歴史を後世に伝えるため、南九州市は掩体壕や隊員の遺書を文化財に指定しました。

 掩体壕とは太平洋戦争末期、旧日本軍が軍用機を上空の敵機の攻撃から守るため作った格納庫です。本土最南端の特攻基地だった知覧飛行場の周辺には90基以上の掩体壕があったとされています。

 23日、南九州市の文化財に指定されたのは屋根が無く土を土塁状に固めた「無蓋型」の掩体壕で、「全国的にも現存する希少な例で知覧の歴史を伝える重要な戦跡遺構」だとしています。

 南九州市の文化財には知覧特攻平和会館に展示・収蔵されている特攻隊員の遺書や手紙18点も指定されています。23日、去年6月に遺族から寄贈された難波 隼人少尉の遺書が追加で指定されました。「今晩はゆっくり寝て明朝の大出撃」などと記され出撃前夜、両親に宛てて書かれたことが伺えます。

(南九州市文化財課文化財係 坂元恒太係長
「今年は戦後80年という節目の年ですのでこの年に知覧飛行場における特攻基地に関係する資料を文化財として指定することで特攻の史実を後世に伝えていくきっかけのひとつになれば」

 南九州市は戦争遺跡の保存と継承をはかることで世界の平和に向けた取り組みの一助になればとしています。