北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士選手が10月28日の会見で引退を表明。引退会見ではなく「前進会見」とし、今後の展望についても語った。花束贈呈では恩師である侍ジャパンの栗山英樹監督がサプライズ登場し、涙する場面もあった。

杉谷拳士:皆さん、こんにちは。入団テストから今日まで14年間、ファイターズでお世話になりました。引退会見という言葉は、使いたくありません。

「前進会見」ということで、これからの人生を前進していきます。前向きな気持ちで会見したいと思います。皆様、お手やわらかによろしくお願いいたします。

質疑応答

ーー北海道のみならず、全国が注目している会見だと思います。昨夜から会見直前まではどうお過ごしになりましたか。

ここに座ってみるといろんな思いが込み上げてきて、どう伝えていいのか…。これから先、自分がどんな方向に向かっていくのか、いろんなシミューションはしてきたんですけども、今は感謝の気持ちでいっぱいです。

ーーSNSで「人生の前進会見」とありました。この言葉の意味をおしえてください。

言葉の通りで、プロ野球選手・杉谷拳士は終わりですけども、今後に向けて人生まだまだ出発したばかりですし、そういった意味でも、どんどん前進して、いつかは北海道のみならず、全国の野球ファンの皆様に恩返しができるように、たくさんの力をつけて、勉強していきたい。そういった意味でも、前進という言葉を選ばせてもらいました。


ーー「前進」という言葉を選んだ理由は?

常に、栗山英樹監督から「前に進みなさい。拳士は拳士らしくやりなさい」という話をしてもらっていましたし、 そういった意味で「前進」という言葉を使わせてもらいました。

ーー引退を決意したタイミングはいつだったのでしょうか。

シーズンが終わってからたくさんの方に相談して、いろんな面談も重ねて。自分の将来のことだったり、もちろんファイターズの将来のこと、体のこと。総合的な判断をした上でこのような形になりました。

ーー決断した1番の理由は何でしたか。

1番の理由というのは特になくて、自分の体のこと、何より、自分の将来のことについて考えたときに、この先もっとたくさんのことを学ばないといけない、また、北海道ファイターズに恩返しがしたいという思いはずっとありました。なので、1番の理由と言われるとなかなか難しいんですけど、総合的に考えて、決断に至りました。

ーードラフト6位で入団して14年が経ちました。選手としてここまで振り返っていかがですか。

ファイターズに入りたくて、鎌谷のファイターズスタジアムで一生懸命野球をやっていて、吉村(浩)さんに プロ野球選手になるというチャンスをいただいたことが、何よりも嬉しかったです。なんとか恩返しがしたいという思いで14年しっかり頑張ってきました。

ーー今年はバラエティ禁止とご自身も銘打ちまして、プレーしていらっしゃいました。今シーズンはいかがでしたか。

正直、満足できる数字ではなかったですけど、そういった意味でも、自分にしっかり区切りをつけられるという意味で、新たに前進するきっかけになったのかなと思います。

ーーファンの方からは元気印として愛されてきました。 自身のパフォーマンスだったり、ファンの方々の後押しっていうのも大きかったのではないでしょうか。

そうですね。北海道で初めてグラウンドに立ったことを今でも鮮明に覚てますし、あのときの歓声っていうのは、僕の野球人生の中でもずっと忘れないものになっています。今後はどういう形になるかわからないですけど、しっかり恩返ししていきたいなと思っています。

通算出場数は777試合「前進していく上でいい区切りだった」


ーーちなみにプロでの通算出場数ってご存知ですか?

あんまり意識はしてなかったんですけど、先ほど自分で振り返って、ラッキーだなと思いました。

ーーずばり何試合でした?

777試合でした。

ーーこの数字についていかがですか?

それも踏まえて、今後の自分に向けて、ものすごくラッキーな数字だなと思っていますし、自分が前進していく上で、いい区切りだったのかなと思っています。

ーーファイターズでは生え抜き野手最年長として、後輩たちからも非常に慕われていたと思います。後輩に伝たいことはありますか?

たくさんの後輩たちから連絡が来て、本当に14年間、自分の野球っていうのは間違ってなかったんだなと。 1人1人にありがとうって返信しています。ただ唯一ですね、野村祐希って男だけは1番可愛がっていて、彼はものすごい才能も持っている選手で、ファイターズを背負って立たなきゃいけない選手なんですけども、 人間の感情というのをあまり持ち合わせていないのか…。あんまりぱっとしないLINEが来ていたので、今後自主トレとかまた一緒にやると思うので、しっかりお説教だけはしたいなと思ってます(笑)。

ーーちなみにどんなLINEでしたか?

清宮幸太郎だったり、細川凌平だったり、清水優心だったり。長文で「今までお世話になりました」、「今後も色々とよろしくお願いします」っていう、涙が出るような連絡はたくさん来てたんですけど、野村祐希だけは、多分直接(引退することを)伝えたっていうのもあるんですけど、今日自分からLINEしました(笑)。「みんなからLINE来てるんだけど、あんまり恩着せがましいこと言うのもあれだけど、LINEないのかな」って。彼には本当にいち早く、人としての感情っていうのを覚えてほしいなと思ってます。

ーー777試合出場されて、杉谷さんが今までで1番印象に残っている試合だったりシーンっていうのはどこでしょう。

優勝したときもありましたし、去年の斎藤佑樹さんの引退試合だったり、印象的なものはたくさんありますけど、1番は、大きい怪我をしたときですね。両打席でホームランを打ったときは人生のなかでも1番嬉しい日だなって思ったんですけど、嬉しいことよりも、打席のなかで、有鈎骨を折ったときの骨の音を今でも覚えてます。

ーーどんな音がしたんですか?

振った瞬間にボキって鳴ったので、これはもしかしたら…と思ったんですが、やっぱり折れていて。 うわ、初めてだな骨折、って思いました。でも次の日からはどういう風にリハビリしようって考えて、しっかり2016年に帰ってこれて、そこで優勝もできましたし、そのシーズンっていうのは印象に残っています。

ーー14年間プレーされてきて、日本ハムファイターズは杉谷さんにとってどんな存在ですか。

それこそ本当に家族のような存在で、まだまだこれからファイターズは強くなると思っていますし、どんな形であれ皆様の前でしっかりご挨拶ができるように勉強していきたいなと思ってます。

将来はファイターズの力になれるよう勉強していきたい


ーー「恩返し」や「勉強」という言葉が飛び出していますが、答えられる範囲で、今後について教えてください。

今、色々と学んでいる最中でして。独立して、 会社の登記をいつにしたらいいのかだったり、英語の勉強をして、海外に行って、国内外問わず、いろんな形でスポーツの勉強をしようと思っています。マーケティングにも興味がありますし、育成だったり、そういうことにも興味があるので、野球だけとは言わずに、 アメリカだったら野球、バスケ。ヨーロッパだったらサッカー、オーストラリアだったら、クリケット、ラグビー。いろんなことに視野を広げてスポーツ界で恩返しをしようと思っています。

ーー恩返しを決めるきっかけはあったのですか。

ファイターズのときに、グラウンドで感じたファンの皆様の声援だったり、常日ごろ栗山監督には「拳士は拳士らしく、みんなが拳士を見ているんだ」と、責任をしっかり果たしなさいということも言われていて、その言葉というのがすごく心に残っています。

ーー今度、我々が杉谷さんにお会いできるときは、どのような姿で戻ってきてくれるんでしょうか。

メディア関係にもこれから出ることが多くなるでしょうし、皆さんの前に顔を出す機会は増えると思うんですけど 、将来はファイターズの力になりたいと思ってこれから勉強していきますので、どんな形であれ、どういう立場で挨拶をするのかわからないですけども、皆様の前でまたしっかり報告できるように、頑張っていきたいなと思っています。

ーーちなみに、杉谷さんがグランドを駆け回る姿は今後見られるんでしょうか。

いいえ。そこはきっぱり、ファイターズで今までお世話になりましたし。吉村さんにも、いろんなご相談をさせてもらって、ファイターズのユニホームで、今回は引退するということを伝えました。 なので一度、スポーツ選手、野球選手としての杉谷拳士は前進するという形になります。今、引退って言いました?僕。

ーーいえ、大丈夫でした。

ギリギリ言ってない(笑)。今日は前進会見だからね。

ーー先ほどは涙もありました。やはり、前進という言葉が出ると…。

ダメなんですよね。ここからが人生のスタートだと思っていますし、今以上に皆様の力をお借りして、次は拳士に関わってくださった皆様全員で、ファイターズ、北海道。また、スポーツ全体を盛り上げたいと思っているので、たくさんご相談させてください。

ーーぜひ最後に前向きなメッセージを全国の方に向けてお願いします。

プロ野球ファンの皆様、14年間応援していただき、本当にありがとうございます。 この度は前進するために、こういう会見を開かせてもらったので、今まで以上にテレビだったり皆様の前に現れることは多くなると思いますけども、今後とも 杉谷拳士を応援していただければなと思っています。

ーー前進するんですね

はい、前進します

ーー今後の身の振り方と言いますか。具体的にテレビやラジオの解説者などという具体的なお話はありますか?あるいは将来的に、指導者になりたいというお気持ちはあるのでしょうか。

テレビやラジオの件に関しては、たくさんの方から素敵なお話もいただいています。そのなかで僕自身、将来をどういうふうに過ごしていくのかというのを考えているので、まずは野球やスポーツについてもっと勉強してから、皆様に責任ある発言、勉強したことを披露できるように、勉強していきたいなと思ってます。

指導者の件に関しては、吉村さんをはじめ、たくさんの方に愛ある言葉もいただきましたし、素敵なお話もしてきました。ただ、指導者になるというのは、ものすごい責任重大なことですし、そこから、人の人生も背負っていかなきゃいけない立場になるので、そういったことも踏まえて、自分の将来は、まずは責任ある言葉がかけられるように外で学びたいなと思ってます。

心の底からファイターズを強くしたいって思いはあるので、 自分の立場がどうなるかはわからないですけど、学んでいきたいなと思っています。吉村さんといろんなお話をさせてもらっているなかで、感謝の気持ちはものすごく強いですし、いつしか吉村さんみたいな存在になりたいなっていうのを話していたので、笑われるかもしれないですけど、そういったことも踏まえて、学んでいきたいなと思ってます。

栗山監督は父親のような存在だった


ーー会見の中で、吉村さんと栗山元監督のお名前が出てきましたが、どういうご相談をされたのか、お二人からどんな言葉を受け取ったのか教えていただけますか。

吉村さんとのご相談に関しては秘密ということで、吉村さんに聞いてください(笑)。 栗山監督は、ずっと僕を見てきてくれてた恩師…というより、父親のような存在でした。今回こういう決断になりますと報告した際も、拳士らしいねと。拳士は拳士らしく、これからできることをサポートしますよとお話をしていただいて。電話越しだったんですけど、電話を切った後に涙が止まらなかったというか。栗山さんには迷惑をいっぱいかけましたし、本当にずっと今まで支えてもらってたなと改めて感じました。

ーーこれまでの14年間は杉山さんの人生にとってどんなものでしたか。

14年間本当にたくさんの、北海道ファンの皆様、日本中のプロ野球ファンの皆様から 、元気をもらいました。毎日目標を持ちながら過ごす大切さもすごく感じていて、次は今までお世話になった方たちに恩返しをする番だなと思っているので、今はやり切ったなという気持ちの方が強いです。

ーー来年は新球場になりますが、そこでプレーしたかったとという思いはありますか?

新球場になることも分かっていましたし、何より一番風呂、一番サウナを目標に頑張ってきましたのでそこは悔しい気持ちは あるんですけど、その新球場に自分の将来を照らし合わせたときに、まだまだ視野を広げていかなきゃいけないなっていう思いの方が強かったのと、いろんな立場で物事を考えたとき、ファイターズの未来のことを考えたときに、選択をミスらないようにしようとは思いました。ジェイ(野村)、幸太郎、そういった選手たちがどんどん大人になっていくときに、もっと強いファイターズにできるんではないかなっていう思いもあったので、そういった意味でも、そこでプレーしたいというよりかは、もう違った目線に変わっていて。きっぱり引退しようと思いました。

ーーご両親はどういう反応でしたか?

父親はボクシングもやっていましたし、勝負ごとに対してすごく厳しい方でした。父に「野球選手は一度終えます。これから未来に向かってチャレンジします」と話をしたときに、普段は口数が少ないのですが、「よく頑張った、お疲れ様」という言葉をいただきました。

母親は、帝京高校時代から毎日朝4時に起きて、 ご飯を一升炊いてお弁当を作ってくれて…。ありがとうっていう言葉は伝えたんですけど、もう何を言われたか覚ていないぐらいでした。昨日も連絡していたんですが、なかなか話すのは緊張してしまうので、また後でねって言って、少し遠ざけてしまう自分もいました。

花束贈呈
(栗山英樹監督登壇)

栗山:長い間、本当にご苦労さん。

杉谷:本当にいろいろとご迷惑をおかけしました。

栗山:とんでもない、これから楽しみにしてます。やり残したことはないですか?

杉谷:これから前進しようと思ってます。

栗山:泣くな拳士!

杉谷:すいません、ありがとうございます

栗山:これからも拳士が色々頑張ると思うので、今後特に皆さんの力がすごく大きなものになっていくと思います。必ず大きくなって帰ってきますので、力を貸してやってください。本当に長い間ありがとうございました。


ーー会見を終えて、今の心境はいかがでしょうか。

スッキリしているというのは、嘘になりますね。 もっと伝たいことがあったのになと。もう1回できないかなと思ってます。

ーー言い残したことやできなかったことがありましたか?

もっとファイターズの素敵なところを伝えることができたらよかったなと思っています。

ーー栗山さんが花束を持ってきてくださったサプライズもありました。すごく感極まっていらっしゃいましたね。

どおりで岸マネージャーがいるなと思いました(笑)。

ーー14年間、プレーでも、グラウンド以外でもすごく楽しませてくれました。YouTubeチャンネルも盛り上げてくださいましたが、杉谷選手にとってこの14年間で一番大事にしていたことはありますか?

母親に「人に元気を与られるような存在になりなさい、人の気持ちを考られるような大人になりなさい」と言われた言葉が小さい頃から頭に残っていて。そういった思いで、野球もやっていたなと思います。

ーーそれは14年間で実現できたと思いますか?

どうですかね、僕が判断することではないと思うので(笑)。皆様に判断してもらえたらなと思っています。

ーーYouTubeでも杉谷さんの動画は人気でコメントもすごくて。みんな元気をもらっていたと思います。今回の引退会見という報道があって、悲しみのコメントもたくさん届いています。そんな方々に向けて、最後に元気を与えるメッセージをいただけませんか。

野球選手としては、終わりという1つの区切りです。でも、これから僕自身どんどん前進しますし、皆様の前でまた会える日が近いと思います。今までたくさんの元気と勇気を、僕がもらっていたと思っています。ありがとうございました。

会見動画:https://youtu.be/D5GRZZcsl28