本誌直撃時の小池都知事。無言で去っていった

「僕は(PCR検査で)陽性だったので、まわりの皆さんは、気をつけてください」

 東京の台所、豊洲市場で働く仲卸業者のAさん(40代)夫妻は、目の前でマグロの「せり」を担当する男性X氏の言葉を聞き、耳を疑った。「なぜ、コロナ陽性なのに働いているんだ……」。11月中旬、豊洲市場の「水産卸売場棟」でのことだ。

 11月に入り豊洲市場では、新型コロナの感染者が爆発的に増えている。そこで豊洲市場協会は、仲卸業者約480社の従業員3000〜4000人を対象に、市場内で大規模なPCR検査を自主的に実施した。すると11月だけで、129人の感染(11月26日時点)が判明したのだ。

 Aさん夫妻は、感染者の数だけではわからない、豊洲市場の “惨状” を訴える。

「Xさんは、その後も、平然と『せり』に出ています。なぜ陽性なのに出てきているのか尋ねた人がいて、『症状も出ていないし、もう陰性になったから大丈夫なんですよ』とうそぶくのを聞きました。

 でも、陽性だと判定されたのは、わずか5日前。本来、最低2週間は隔離されるべきなのに……」(Aさん)

 もちろん、感染者がそのまま働くことが許されるはずもない。Aさんの知る限り、X氏のほかにも、新型コロナ陽性のまま豊洲市場で働き続ける関係者が数人いるという。

 氏名までわかっているのはX氏のみだが、Aさんの知る仲卸業者のB社では、従業員のひとりが、陽性なのに働いていたことが発覚し、居住地の保健所から指導が入ったという。さらに、濃厚接触者と判定されながらも、豊洲で勤務を続ける人間の数は、見当もつかないという。

「仲卸業者C社で陽性者が1人出た結果、保健所が同じ店で働く従業員4人を濃厚接触者と認定したそうです。しかし、C社の責任者は、『保健所に濃厚接触者を減らすように頼んだら、2人だけですんだよ』ととぼけて、残りの2人は働き続けていました」

 本誌は、冒頭のX氏が勤める業者に、電話でX氏の氏名を伝え、事実確認をおこなった。だが担当者は、X氏の件について直接は答えず、「陽性者はいましたが、休んでいると思います。出社している事実は、ないんじゃないですかね」と曖昧な回答に終始した。

 Aさんが把握している、濃厚接触者と認定されながらも2週間の隔離を経ずに働き続ける従業員がいるという業者7社にも問い合わせたが、正面から取材に答える業者はひとつもなかった。

 市場関係者への取材を進めるなかで発覚したのは、国や都が推奨する感染症対策から逸脱した、戦慄の “豊洲ルール” の存在だ。

「豊洲じゃ、保健所の特別許可があって、濃厚接触者は働いてもよいことになっている」と大真面目に話す関係者や、「水を流せば(ウイルスは)心配ない。それが豊洲のやり方なんだ」と語る関係者に、次々と出会った。

 Aさんは、市場で働く人々の気質が、“コロナ軽視” の風潮を生んでいるという。

「そもそも市場で働く人は、『少々の熱が出ても休めない』という感覚を持っています。責任感が強く、仲間意識も強いし、気風がよい。

 コロナ対策では、それが悪いほうに働いて、私の周囲には『マスクなんて息苦しいものは要らないし、検温も面倒だよ』という人が多かった。最近ようやく、みんなマスクだけはするようになりましたが……」(Aさん)

 別の関係者は、豊洲市場特有の分業制が原因だと語る。

「卸売業者や仲卸業者に加え、梱包を担う業者や運送を担う業者など、こと細かな分業制で成り立っているのが豊洲市場。自分だけが休むことは、できないのです」

 豊洲市場で働く人々が、新型コロナを気にせず働き続ける裏には、「自分たちが日本の食卓を担っている」という強い責任感がある。だからこそ、対策を各事業者の自主努力にまかせず、行政がコントロールするべきではないのか。神戸大学医学部附属病院感染症内科の岩田健太郎教授は、都の責任に言及する。

豊洲市場を管轄する東京都が、現場をハンドリングできていない可能性があります。PCR陽性者がこれだけ多いのだから、市場内でクラスターが発生しているという前提で、事実関係の調査が必要です。ウイルスは、魚や発泡スチロールなど、物を介しても広がります。すぐに対策を取る必要があるでしょう」

 だが、東京都の豊洲市場の担当者に問い合わせると、こう答えた。

「陽性者が働いている事実は、把握しておりません。普通、(業者の責任者が)陽性者を出勤させることはないですけどね……。まず、市場内の巡回をしていこうと思います」(東京都中央卸売市場管理部)

 本誌の取材結果をいぶかしむ様子で、危機感が感じられない回答だった。

 2年前、豊洲市場の「安全宣言」をし、築地市場の移転に最終的な「GOサイン」を出した小池百合子都知事(68)は、この事態に何を思うのか。11月下旬の早朝、登庁前の小池知事を直撃した。

「知事! 豊洲市場で新型コロナの陽性者が働き続けています」と声をかけたが、ひと言も発することなく、公用車へと乗り込んでいった(冒頭の写真)。

 このままでは、豊洲市場を起点とする悪夢のような感染爆発が起きるのではと、恐怖すら感じる――。

(週刊FLASH 2020年12月15日号)