スパイシーデイズ。

それは、自分を見失うほどの恋に苦しんだ日や、
仕事のミスが悔しくて涙を流した夜、
もう来ないとわかっているはずなのに返事を待つ、あの瞬間。

ほろ苦いように感じるけれど、
スパイスのように人生の味つけをしてくれる。

前回は彼の日常に干渉をしすぎたオカン系女子を紹介した。

今回紹介する彼女が過ごすのは、どんなスパイシーデイズ...?




「俺、加奈が大事だよ」

そう言っていたのに。

ベッドに横たわりながら、加奈は頭の中で、最後のデートを思い返していた。

晴れた土曜日の夕方、隅田川沿いを歩きながら、彼は加奈の肩に腕を回す。加奈はその腕に包まれながら、裕翔(ゆうと)のトムフォードの香水を感じていた。

どうでもいいことで笑い合っていた幸せな時間は、あっという間に過ぎ去っていた。

裕翔との思い出を頭の中で再生するにつれ、加奈は息が苦しくなるのを感じた。

最後のデートで小さな喧嘩に火がつき破局に至ってから、もう2週間。加奈はその別れにまだ納得がいかずもやもやとした日々を過ごしていた。

今日もいつものように、裕翔のインスタグラムを開いてぼんやりと眺める。別れてからお互いにフォローを外したものの、裕翔の動向が気になってしまい、加奈はこうして定期的にチェックしていたのだった。

裕翔のストーリーズが更新されたことを知らせるように、プロフィールの画像に、虹色の縁が付く。

すぐさまタップすると、そこに表示されたのは、旅館と思わしき部屋に写る、豪華な食事。

−まさか。いや、きっと男友達と...

急激に襲ってきた不安をかき消そうと、加奈は急いで彼のインスタのフォロワーにいる女友達のアカウントを上から順番にタップした。


どうして...彼の女友達のインスタグラムで加奈が見たものとは


どうしてこういう時ばっかり、予感は当たってしまうのだろう。

加奈の手に握りしめられた携帯の画面には、全く同じ角度で、同じ料理の写真を投稿している女の子のストーリーズが表示されていた。

−そうか、この男はもう、違う女といるんだ。私のことが大事だと言っていた、たった2週間後に。一方的に別れを告げてきて、必死に引き止めたのに。

急激に頭に血が昇るのを感じながら、加奈は気がつくとLINEを開き、裕翔に連絡をしていた。

−加奈:新しい彼女ができて、楽しそうですね−

画面をしばらく見つめていたが、すぐに既読がつかないことに余計苛立ちを感じ、むしゃくしゃした気持ちをどこかにぶつけようと、急いで電話の履歴を漁った。

−飯田 直己

その文字を見て、加奈の手が止まる。

−きっと直己なら出てくれるはず...

そう願いながら、加奈は発信ボタンを押す。

「もしもし」

電話が鳴ってすぐに出た直己は、寝起きなのか少しかすれた声で、ゆっくりとした話し方だった。

「ねぇ、いま家?会いたい」



中目黒の『東京台湾』で、加奈と直己は小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。テーブルの上には台湾ビールや水餃子、蒸鶏のネギ山椒ソース、魯肉飯が所狭しと並んでいる。




「なるほどね。その元彼の切り替えが早すぎるって説もあるが、正直、もう責める関係でもないよな」

「そうなんだけど!配慮ってもんがないというか...別れた後も相手が謝ってやり直そうって言うなら、ちゃんと向き合うべきじゃない?」

ビールを飲み干してグラスを勢いよくテーブルに置くと、直己は空になった加奈のグラスにそっとビールを注ぎながら、なだめるように話す。

「でも別れた後なんだから、どうしようと相手の自由じゃない。加奈も好きなように遊べば?」

「そういう話じゃないのよ。私ね、ちゃんと向き合いたいって電話して謝ったのよ。それで2時間くらい話し合って、裕翔もちょっと考えるって言ってくれたの。それなのに結局、違う女と温泉行くんだよ?私のこと舐めすぎだし、他の男と遊んでもこの怒りは収まらない!」

思ったよりも加奈に強く反論されたことに少したじろぎながら、直己はうーん、と唸る。

「その元カレも、傷を癒そうと必死なんじゃないかな」

「他の女で傷を癒そうとしても、一時的じゃん」

「一時的だとしても、それくらい深く傷ついたし、それくらい早く切り替えないと辛いってことじゃない?」


「えっ」加奈が思わず表情を歪めた、直己の一言とは


直己の発言がどうも都合の良い言い訳に感じられて、加奈は納得のいかない表情で水餃子を頬張っていた。

向かいに座る加奈を見ながら、直己は諭すように穏やかな声で話し始める。

「加奈はさ、世界が自分中心に回ってるよね」

「え?」

直己の言葉を聞き返したのと同時に、皿によそった蒸鶏の山椒の香りが加奈の鼻をピリッと刺激した。

「別れた後も、元彼に自分のことを気遣って振舞って欲しいんでしょ。それって加奈のためを思ってみんなが動いてくれるってことじゃん」

「いや、普通本当に大事だったら相手のことくらい考えて行動するでしょ。私は、彼が相手を思いやる気持ちとか、愛を知らなくて、可哀想だと思う」

加奈のまっすぐとした視線を追いながら、呆れたように「そっか」と直己はため息をついた。

「俺からしたら、加奈のエゴの押し付けに聞こえるけど。それに、彼からしたら、加奈のことがそこまで大事じゃなくなってしまったんじゃないかな」

直己から突きつけられた鋭い言葉に、加奈の表情が思わず歪んだ。




「でも、私ちゃんと裕翔のことすごい大事にしてたし...」

必死に言葉を返してこようとする加奈に、直己はそっと言葉を被せた。

「だから、その考え方が自分中心なんだよ。それに、彼も本当に大事に思ってたら、勝手に帰ってくるよ。加奈が今できるのは、それを受け止めてあげられるように、待ってることじゃない?」

冗談っぽく「怒って連絡とかしないようにね」と笑いながら付け足すと、直己は空になった自分のグラスにビールを注いだ。

裕翔に、勢いで送ってしまったメッセージを思い出し、加奈は黙り込んでいた。

「もし、怒って連絡しちゃってたら...?」

自信がなさそうにボソッと聞く加奈に、「まさか」と直己が返すと、加奈は恥ずかしそうに、首を縦に振った。

「そうだな、そしたら...謝ればいいよ。それで、謝った後は、もう連絡しない」

「でも...もし他の誰かと付き合っちゃったら?」

「待とう。静かに待つことが、今できる最善のことだと思うよ」

何故か、妙に直己の言葉に説得力を感じて、加奈は「そうだね」と一言だけ返事をすると、すぐに携帯を手に取った。直己も何かを察したかのように、「ちょっとお手洗い」と立ち上がる。

加奈は急いで裕翔とのLINEを開くが、まだ既読はついていない。

携帯をじっと見つめながら、加奈は何度も文字を打っては消して、を繰り返していた。

−加奈:酷いこと言ってしまって、ごめんね。私も、頑張る−

一番これが伝わるはず。そう思って、小さく深呼吸をすると、加奈は送信ボタンを押した。

「さっ、今日は台湾ワインも飲むぞ〜」

笑顔で戻ってきた直己に、加奈も満面の笑みを向けたのだった。

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