「20何年通っていて、台本は全部、ここで書いたんです」
 特別な場所ではなく、いつもの場所。俳優・劇作家・演出家の岩井秀人(45)には、生まれ育った東京都小金井市にある「デニーズ 小金井本町店」のザワザワ感が心地いい。

「おもしろいお客さんが、ちょくちょく現われるのが好きですね。覚えているのは、すごく具合が悪そうな、木みたいな人。今はないカウンター席で、ボロボロの文庫本を静かに読んでいるんですけど、何時間かに1回、突然爆発したように『ぶわっふぁっふぁっ!』って笑うんですよ」

 小金井で生まれ育ったことは、岩井の考え方や感覚に大きな影響を与えているという。

「出身地の話になったとき、東京以外の人には東京ぶりたいんですけど、23区内の人には引け目を感じるっていう。東京のど真ん中で起きていることに、小金井に住んでいる身としては、なんかやっぱり圧倒的な距離があるんですよ。

 この距離感って、けっこう決定的で。“社会” っていうのが、どこかにあるんだけど、そこに全力で参加できない」

 岩井は16歳から20歳まで、ひきこもりだった。昼間は部屋から出ず、夜になるとリビングで格闘技番組を観ては、小金井公園の木に括りつけたサンドバッグを蹴り殴る。そんな毎日のかたわら、映画を観まくったことで、俳優を志すようになった。

「それで、『桐朋学園』っていう大学に入ったら、舞台俳優の養成所みたいなところだったんですよ。舞台の演技って、映像と違って、しっかり立ち、しっかりしゃべることがベースにあるんです。

 僕が好きだったのは、ジム・ジャームッシュのような、仰々しいシーンも派手なアクションもない映画だったから、そういうのを『クソダサいな』って思いながら大学に通っていましたね」

 既存の劇団に所属しようとも思わなかった。

「何を血迷ったか、『無名塾』だけは受けました。そしたら、みんな仲代達矢さんみたいな顔してるんですもん。地を這うような声を出してて、『これも違うな』って。結果? もちろん落ちました」

 演劇が大嫌いになって、大学を卒業した翌年、竹中直人が主宰する「竹中直人の会」の『月光のつゝしみ』(作&演出・岩松了、2002年)に、スタッフとして参加することになる。さりげない日常や会話のズレから、物語が展開していく世界観に、岩井は、“しゃべり言葉の演劇” の魅力を見つけた。

「岩松さんや、平田オリザさんの舞台には、現実にそのまま何かを持ち帰れるような感覚があるんです。自分の目で見ていた世界に、ほかの人たちの視点が加わるというか……。

 観終わって、駅とかの公共の場に出ると、そこにいる全員に命が宿っていることを再認識できるんです」

ハイバイの旗揚げ公演『ヒッキー・カンクーントルネード』打ち上げにて

 岩井は、2003年に劇団「ハイバイ」を立ち上げた。作品の題材の多くは、ひきこもり経験など、自身の実体験だ。

 登場人物の自意識過剰さは観ていてつらいほどなのに、同時に、つい笑ってしまう。「えーっと」「うーん」など、つい漏れる言い淀みも大切にした。

「飲めなかったので、ハンバーガー屋で昼打ち上げをやっていましたね。そのあと、小金井公園で鬼ごっこをするっていう。あれは最高でした(笑)」

 観客は、順調に増えていった。岩井は、主要な脚本の賞を続けて受賞し、10周年ツアーでは、6都市で5500人を動員した。やがて、岩井は演劇以外の世界に呼ばれるようになる。

「本広克行監督の映画『曲がれ!スプーン』(2009年)が最初。そこから、『ゴッドタン』(テレビ東京系)とかに、ちょこちょこ出ていました。オーディションも受けていましたね。当時は、『自分がやりたいことは俳優だ』と思っていたんで」

 演劇界以外でも、俳優として知名度を急上昇させてきた時期を、岩井は過去のこととして振り返る。

「ここ4年くらいで、演じることへのモチベーションが、だいぶなくなったんです。とくに、2019年に再演された『キレイ』(大人計画、作&演出・松尾スズキ)に出られちゃったことが、すごく大きくて。

 阿部サダヲさんや皆川猿時さん、と一緒の舞台に立てるなんて……。先天的にできる人のレベルを思い知らされて、『もう、俳優はいいや』って(笑)」

 代わって、いま力を入れているのが、俳優が初見の台本を読み合わせる企画「いきなり本読み!」。2月に開催された第1回には神木隆之介・皆川猿時らが出演し、台本を手渡されるや、即座に個性的なキャラを演じてみせ、俳優の底力を知らしめた。

「お客さんに、俳優のおもしろさや、稽古場の空気を知ってもらいたくて。それに、この企画なら、1日スケジュールが空いていれば、どんな俳優さんでも集められる。スピーディにおもしろいことだけを抽出できる感じがするんです」

「演出家とのやり取りや、試行錯誤の様子を知れば、舞台をさらに深く楽しめる」と語る岩井。いまは演劇を大好きになってもらうことで頭がいっぱいだ。

いわいひでと
1974年6月25日生まれ 東京都出身 16歳から20歳までをひきこもって過ごす。2003年、劇団「ハイバイ」を旗揚げ。2012年に『生むと生まれるそれからのこと』の脚本で向田邦子賞を、2013年に『ある女』で岸田國士戯曲賞を受賞。2019年、NHK大河ドラマ『いだてん』に出演。現在はプロデュース企画「いきなり本読み!」に注力

【SHOP DATA/デニーズ 小金井本町店】
・住所/東京都小金井市本町5-38-36
・営業時間/当面のあいだ7:00〜20:00(通常時は24時間営業)
・休み/無休

(週刊FLASH 2020年5月5日号)