フルフェイス、黒のスクーター

8月22日夕刻。神戸市中央区のビル前に一台のワゴン車が駐車すると、すぐさまその脇にフルフェイスのヘルメットをかぶった人物が乗る、ナンバーを隠した黒のスクーターが現れ、窓越しに車内へ6発の銃弾を連射した。

うち3発を腹部などに受けて救急搬送されたのは、指定暴力団山口組の中核組織・弘道会(本部・名古屋)傘下の組員だった。

ビルは弘道会の神戸における拠点事務所。周囲は民家が立ち並び、人通りもある平穏な住宅地での凶行だった。

「やっぱり報復に出たか」

兵庫県警の捜査関係者は、そう漏らしたという。山口組と対立状態にある神戸山口組の内部情報を得て、警戒体制を敷いていた最中のことであった。事態を重く見た警察幹部が語る。

「この日は神戸山口組の井上邦雄組長の誕生日で、組内部では前々から『(誕生日に合わせて)仕返しをすべきだ』との声が上がっていた。が、まさか夕方の時間帯に、こうしたやり方をするとは……」

「仕返し」とは、今年4月に発生した襲撃事件に対するものだと見られている。

4月18日午前0時過ぎ、神戸市内の商店街で、神戸山口組傘下にある與組(あたえぐみ)の与則和組長が何者かに背後から刺された。犯人は一旦レンタカーで逃走したが、およそ1時間後に近隣の灘署に出頭。レンタカーからは、凶器とみられる刃渡り21センチの包丁が見つかった――。

当時、事件の報告を受けた警察上層部には衝撃が走ったという。襲撃された与組長が神戸山口組のキーマンだったからだ。暴力団情報に通じる捜査関係者が語る。

「与は、神戸山口組組長の出身母体で4000人もの構成員を擁する中核組織・山健組のナンバー2、若頭だ。構成員の実質的な統括役と言える。

武闘派としての誉れも高く、かつて敵対組織の幹部を射殺した事件に関与し、逮捕されたこともある。これがきっかけとなって、報復として山口組三代目組長の田岡(一雄)が襲撃される事件が発生し、一大騒動に発展したことから、いまなおその武勲が語り草になっている。

現在の抗争においても指揮を執る立場で、キーマンと目されている重要人物だ」

力の誇示

他方、襲撃した側は、弘道会傘下の野内組関係者であったという。野内組と言えば、やはり武闘派として名高く、弘道会における「偵察・暗殺部隊」の主要な構成メンバーを輩出する組織でもある。現在はその存在すら伏せられているが、かつて「十仁会」と呼ばれたグループのことだ。

弘道会傘下の組織から知力・体力にすぐれ、かつ刃物や銃器の扱いに慣れた忠誠心の篤い組員らを集めて編成された精鋭集団――すなわち「極秘戦闘部隊」であり、現体制の「飛び道具」のようなものだ。

「4月の事件では、その飛び道具が実際に使われたわけだが、いくら精鋭部隊が相手とはいえ、黙っているわけにはいかない。戦わずして白旗を上げるようなものだからだ。しかも、襲われたのは戦闘指揮官だ。報復は深刻なものになると見られていた」

前出の捜査関係者はそう言って、続ける。

「神戸山口組はその後、精鋭部隊に対抗できることを誇示すべく、練達のヒットマンを手配して入念に計画したようだ。今回の事件が、それだ。

銃撃された組員は、山口組若頭・高山清司服役囚の留守宅を預かる立場の人物。一方、留守宅は襲撃現場となった拠点事務所の裏にある。明確な意思表示であり、相応の報復ということだ」

手慣れた様子で堂々と住宅地で銃撃に及んだことには、手練れであることのアピールだけでなく、若頭への警告も込められていたと言うのである。

前出の警察幹部も語る。

「しばらく動きがなかったが、これを機に抗争が激化する。武闘派の高山が黙っていまい。しかも、高山は10月に出所の予定。もうじきだ。早くも『出たら、おれが片を付ける』と息巻いているともいう」

不穏な空気

高山服役囚の出所後の構想については、すでにいくつかの計画がすでに明らかになっている。

警察当局によれば、告発者への報復がそのひとつ。高山服役囚を告訴し、恐喝容疑での逮捕から起訴へと追い込んだ、自由同和会京都府本部長の上田藤兵衞会長に対し、「けじめを取る」と宣告している。

軍資金の備えも充実しているという。警察幹部が続ける。

「出所後には7代目就任――若頭から組長昇格が見込まれている高山は、神戸山口組との抗争終結を念頭に、そのための軍資金集めを精力的に行ってきている。

たとえば、最近話題になった巨額投資詐欺事件の捜査で、その資金の行方を追う中、10億円単位のカネが野内組に流れていたことが明らかになっている。そのほか、不動産や建設などで荒稼ぎしているようで、かなりのカネが集まっている」

話題になった巨額詐欺事件とは、首謀者が「KING」と名乗って広告塔となり、およそ1万3000人の被害者から総額460億円もの資金を集めた、「テキシアジャパンホールディングス」による事件のことだ。

今年2月に逮捕された同社経営陣10名の中で、首謀者の秘書役として事件に深くかかわっていたのが野内組の幹部であったことから、警察は組織犯罪処罰法での立件も視野に入れて捜査を行うと同時に、山口組の動向を懸命に探っていた。

「抗争終結にしろ、報復にしろ、やるにはカネがかかるが、これに今回の事件の報復が新たに加わる形だ。それでも『おれが片を付ける』と言う以上、準備ができたということだろう。こちらも万全の態勢で臨まなければならない」

警察幹部はそう語り、捜査体制の拡充を宣言した。だが、今回の事件しかり、未然防止は至難の業だ。実行犯が練達のプロとなると、事件後の捜査すら難航している。人物特定は愚か、逃走経路さえもいまだ判明していないというのである。間隙をぬって、いつまた凶行が起こっても不思議ではない。

7代目候補の出所を目前に控え、不穏な空気が高まっている。