いまや湘南に不可欠な戦力。世代を代表するDFのルーツを探る。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

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 2020年に開催される東京五輪。本連載では、本大会での活躍が期待される注目株の生い立ちや夢舞台への想いに迫る。
 
 6回目は、優れた身体能力と豊富なスタミナを活かして、湘南ベルマーレの攻撃的なスタイルの一翼を担う杉岡大暉が登場。
 
 市立船橋高から入団した湘南ではルーキーイヤーでレギュラーを奪取する。プロ2年目の昨季にはルヴァンカップ決勝で豪快なミドルシュートを叩き込み、チームにタイトルをもたらす活躍。そして今季はA代表に初選出されるなど、順調にキャリアを積んでいる。ひたむきにサッカーと向き合う姿勢は、いかにして育まれたのか――。
 
 前編では、サッカーを始めたきっかけから、市立船橋高に入学した理由、そして千葉の名門高で「超高校級」と謳われるまでになった成長秘話をお届けする。
 
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――4歳でサッカーを始めたそうですね。きっかけはなんだったのですか?
「ふたつ上の兄がやっていたんです。それを見て、楽しそうだなと思って。すぐに親に『やりたい!』ってお願いしにいったのを覚えています」
 
――お兄さんは、今は何を?
「今は普通に就職して働いています」
 
――お兄さんの影響で始めたサッカー以外に、スポーツはやっていたのですか?
「いえ、まったく。サッカーしかやってこなかったです」
 
――サッカーにのめり込んだ理由は?
「なんですかね。これといったものはないですけど、ずっとやっていて、特に辞めたいとも思わなかったので。気づいたらサッカーだけでここまで来てしまいました」
 
――では、サッカーのどこに魅力を感じていたのですか?
「小さい頃はドリブルが好きだったんですよね。本当に夢中でやっていました」
 
――小さい頃から毎日ボールを蹴っていたのですか?
「いえ、週に何度か幼稚園のクラブでやっていた程度です。ただ一度ボールを蹴ると、時間を忘れてしまって、日が暮れるまでやっていました」
 
――幼少期はどんな性格だった?
「今とあまり変わらなかったはずですよ。うるさくもないけど、静かでもないし。まあチームの中心になるような、何かを率先してやるようなタイプではなかったです(笑)」
 
 
――ただ、活発だったのでは?
「いや、普通だったんじゃないですかね。そんなに特徴がない子どもだったかもしれません」
 
――小学生でレジスタFCに加入した経緯は?
「兄が入団したので、ついていった感じです」
 
――では、お兄さんもFC東京の下部組織に?
「それは違うんです。兄は入っていなくて僕だけ。小学校の途中で声をかけてもらってFC東京のスクールとレジスタFCの両方で活動をしていました。それで、中学になった時に、FC東京のジュニアユースに入ったっていう流れです」
 
――しかし、高校に上がるタイミングでFC東京U-18への昇格を逃してしまうんですよね。昇格のテストがあったのですか?
「いえテストではなく、日頃の練習や試合を見て判断されるんです」
 
――やはり落ちた時は悔しかった?
「もちろん悔しい気持ちはありました。でも、周りに言われるほど、挫折感は抱いていなかったんです。自分の実力は理解していたし、これでは上がれない可能性はあるということも分かっていたので。なにより、市船(市立船橋高)に進学できるというのは大きかった」
 
 
――ある程度、覚悟ができていたと。
「そうですね。市船に進学できたから特に気にしてはいませんでした。当時は市船のほうがFC東京のユースより上のリーグにいたこともあって、僕にとっては魅力的でした」
 
――昇格できないと分かる前には市船進学は決まっていたんですか?