by Torrey Wiley

人間をはじめとする動物は、自分の感情を表情や身振り手振りで表現することで、他人と非言語コミュニケーションを図ることができます。そんな人間の表情について、「感情が表情を生み出すのではなく、表情が感情を作り出すのではないか」という仮説が「表情フィードバック仮説」です。そんな表情フィードバック仮説を検証するさまざまな研究について、海外メディアのNational Public Radioが解説しています。

Fake Smiles Don't Always Improve Mood : Shots - Health News : NPR

https://www.npr.org/sections/health-shots/2019/07/01/735822187/the-science-of-smiles-real-and-fake

19世紀末、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズとデンマークの心理学者カール・ランゲが、「刺激によって身体的変化が起こり、それに伴って感情が変化するのではないか」という説を唱えました。それ以前にも、進化論を唱えたチャールズ・ダーウィンが著書「人及び動物の表情について」の中で同様の説に近い意見を述べています。このジェームズとランゲの説は、20世紀に入ってから、心理学者のシルバン・トムキンスによって「表情フィードバック仮説」という名前で改めて提唱されました。



by Adam Cohn

この表情フィードバック仮説を実証するため、心理学の世界ではさまざまな実験が行われてきました。テネシー大学で社会心理学を研究するニコラス・コールズ氏率いる研究チームは、過去50年にわたって行われてきた表情フィードバック仮説に関する286件の心理学実験のデータを分析。その結果、「笑顔を作ることで幸せを感じることができる確率はおよそ7%」と、表情フィードバック仮説の効果はきわめて小さいものだったことが判明しました。

研究チームは、笑顔以外にふくれっ面や渋い表情などネガティブな表情について行われた実験のデータも分析したとのこと。しかし、コールズ氏によると、いずれの場合でも表情が感情に与える影響は非常に小さかったそうです。

また、別の研究では、仕事で一日中笑顔を浮かべなければならないサービス従業員は、仕事後の飲酒量が増えるリスクが高いことが判明しました。「感情労働として笑顔を強制的に作り続けることは精神にネガティブな影響を与えやすい」というデータは、表情フィードバック仮説と矛盾するものです。

仕事で感情を抑制し偽りの笑顔を浮かべることが飲酒量を増やしている可能性がある - GIGAZINE



しかし、表情フィードバック仮説は完全に否定されたわけではありません。1988年に行われた実験では「歯でペンをくわえて笑顔を作った被験者は、口をすぼませてペンをくわえた被験者よりもマンガを面白いと評価した」という結果が得られ、表情フィードバック仮説が支持されました。1988年の実験は大規模な再現実験が2016年に行われ、17の独立したチームのうち、9チームでは1988年の実験と同様の結果が得られたものの、8チームでは再現に失敗。再現実験は表情フィードバック仮説を証明できませんでしたが、表情フィードバック仮説が誤りだと結論付けるものではないと研究チームは述べています。また、2018年にイスラエルの研究者によって行われた再現実験では、1988年の実験と同様の結果が再現されたそうです。



by Quentin Gronau

ウィスコンシン大学の心理学者であるポーラ・ニーデンタール氏は「表情フィードバック仮説は非常に複雑な問題で、少なくとも引き続き検討する必要があります。今研究するべきなのは、表情が感情に働きかけるメカニズムと微妙さについてです」と述べています。

コールズ氏は「表情フィードバック仮説のメカニズムが示されるまでは、他人に笑顔になるよう勧めるのは控えるべきです。なぜなら、悲しい時に笑ってと言われるといらっとしますし、笑顔を浮かべたところで人生は大きく変わらないからです」と語りました。