"入場料"を払っても、百貨店に行きたいか
■入場料を払ってでも行きたい百貨店
わたしは2012年に三越伊勢丹に入社しました。伊勢丹新宿本店の大規模リニューアルの年です。リニューアルのテーマは「ファッションミュージアム」でしたが、できあがった空間を見て、たしかにきれいにはなったけれど、本質的にはリニューアル前と変わっていないように感じたんです。
相変わらず売り上げのノルマがあって、伊勢丹カードも作ってもらわなければいけない。結局、ものを並べるために売り場を増やすという発想になります。すると在庫のストックの面積がどんどん狭くなって、そのぶん在庫が置けないから売り逃してしまう……。そういう制約がなければもっと自由な見せ方ができるのに、と思っていました。
ミュージアムというなら、本当の美術館のように入場料を払ってでも入りたくなるような場、単に買い物するだけではなく、そこでインスピレーションを得たり、作品を解釈したり、それを楽しんだりできる場であってほしい。でもそういう「そもそも売らなくていいんじゃないか?」というわたしの考え方は、業界の常識とかけ離れていたようで、同業の人にはなかなか理解してもらえませんでした。
わたしは小売が大好きで百貨店に入ったのですが、一度小売以外の業界で勉強しないと、これまでのやり方を踏襲することしかできなくなるんじゃないか、という危機感もあって外に出たんです。その頃読んだのが、B・J・パインの『経験経済』という本でした。『小売再生』にもパインが序文を載せていて、おっ! と思ったんです。
■「幸せの総数」が大きくなるような売り方とは?
わたしは百貨店では、いわゆるラグジュアリーフロアにいました。人生で初めてグッチのドレスやレッドヴァレンチノのワンピースを実際に着せてもらって、なぜあれが10万円も20万円もするのか「体験」を通して理解したんです。
ハイブランドの商品は、ロゴがついているだけで、原価でいえば3万で売ってもいいものを30万で売っている、と言う人もいますが、こと洋服に関して言うと、本当に人の体が入ったときにいかに美しく見せるかというところから始まって、研究開発費にものすごくかけています。そこに対して原価の何倍ものお金を払っているということは、体験しないとわかりません。
とはいっても現実として、ルイ・ヴィトンやグッチの服を買える人はごくわずかです。それだけお金をかけてつくりあげたものがほんの一握りの人にしか実際には目にしてもらえず、着てもらえないのはもったいないと思います。
ハイブランドとはそういうものだ、という考え方もあるかもしれませんが、別の方法でマネタイズができるのであれば、より多くの人にその価値を届けることは可能ですよね。そのほうが「幸せの総数」が大きくなるんじゃないか、と思うんです。
■スタジオ化するディズニーランド
入場料を払えば、普段は手が届かないような服を自由に見ることができて、そこに「実際に着てみてもいいですよ」というサービスをつけらればさらに楽しい。当時はまだインスタグラムがここまで広がるとは思っていなかったのですが、すてきな洋服を着た自分の写真を撮って、シェアして、思い出に残す……ということができるんじゃないかと。
いま、親子や友人同士で髪型や洋服をおそろいにして楽しむ「リンクコーデ」がはやっていますよね。それで何が起こったかというと、ディズニーランドがスタジオ化しているんです。リンクコーデした自分たちの写真をインスタにアップする。それが増えていくとリンクコーデの「カタログ」になる。
昔はファッションの参考にするものとして雑誌くらいしかなかったのが、いまはインスタ上で多様なコーディネートのパターンを見ることができます。「じゃあ、今度はこれをまねしよう!」と言って、自分たちなりのアレンジを加えて写真を撮り、またそれをアップする。そうやってどんどんカタログが充実していくんです。本来の意味でのファッションミュージアムというものがあったら、そういうことが起きるのではないかと思っていました。
■「服を着てそれを写真に残す」という体験を売る
実際に服を買わなくても、その服を着て、写真を撮ることができて、さらにコミュニケーションができれば満足、という人も少なからずいると思うんです。だから、たとえば入場料がディズニーランドと同程度の7000円だったとして、プラス3000円を払えばディオールやシャネルも着ることができる、とする。そしてその3000円の半額をデザイナーに還元する、といったことが可能になるわけです。
定価3万円の洋服を3000円で10回以上レンタルできれば、11回目以降は普通に売るより高い売上を作ることができます。そうすれば、おのずとデザイナーへの還元額も高まります。妥協しないタイムレスな商品を作ることと、多くの人に着てもらうことは両立できるんです。入場料を払って、買い物をしたらそのぶんキャッシュバックするというかたちにしてもいい。こういうことを考えるのが百貨店の社会的使命なんじゃないかとさえ思います。
■テクノロジーが消費者の「選択のストレス」を減らす
『小売再生』にとりあげられているニューヨーク・マンハッタンの「ストーリー」は、そういう従来の小売の常識にとらわれていないお店の典型ですね。1、2カ月おきに「愛」「旅」「男」「女」などのテーマで編集するギャラリーのような空間で、委託販売のマージンではなく、「展示料」で稼ぐという発想で、売り場面積当たり、百貨店の12倍の売上をあげているといいます。
これは「店舗がメディアになる」というときのとてもわかりやすい例ですが、彼らがやっているのは「世界観」の演出にほかならないと思います。世界観は細かい部分にこそ宿るものなので、世界観を演出するときには、照明ひとつ、鉢植えひとつにしてもおろそかにしてはいけない。ディティールを厳しく追及するほど、訪れた人が没入できる世界観ができる。ストーリーの場合は、その世界観に共感できるブランドが「展示料」を払うというモデルです。わたしは「入場料がとれる百貨店」のほかに「広告料がとれる百貨店」ということも考えているんですが、その出発点は「世界観」なんです。
買い物の利便性においてはオンラインショッピングにまさるものはありません。『小売再生』にあるように、「店舗がメディアになる」という考え方は、「メディアが店舗になる」という考え方と裏表になっています。
後者は「世界観」を打ち出すマーケティングの対極にあるものです。あらゆるものがインターネットにつながって、洗剤などの日用品はなくなったら勝手に補充されていく世界がもう来ている。アマゾンがダッシュボタンやエコーで顧客の買い物を完全に代行してくれたら、もう消費者には選択の余地がありません。
■納期や在庫といった小売の概念がまったく関係なくなる
テクノロジーが人の選択のストレスをどんどん減らす方向にいくと、人の購買行動において「スイッチングの機会が永久に失われてしまう」ということが起きます。一度買ったブランドを買い続ける。残された数少ないオプションは、店舗でのリアルな体験によって、スイッチングさせるということなんですね。それが一連の流れとしてすごく理解できました。単にオンラインとオフラインが融合するといったレベルの話ではなく、人が買うという行為の本質が変わってきているのだと思います。
『小売再生』のなかで、ナイキの執行役員が、顧客が自分の好きなデザインを選んで、家や店頭で3Dプリントするような日はそう遠くない、と語っていますが、3Dプリンターが普及すれば、人が買うのはモノではなくデザインになります。納期や在庫といった小売の概念がまったく関係なくなる。そうなると小売そのものを再定義しなくてはいけない。そこまでの理解があって初めて、「店舗がメディアになる」という話の深みが出てくるのだと思います。
■消費者に「所有」を強いないアプローチ
いま、「限界費用ゼロ社会」「シェアエコノミー」といった言葉に象徴されるように、普通に暮らすためのコストは昔に比べたらどんどん下がっています。これがもっと進んで、ベーシックインカムは保障します、というところまでいったら人は何をしてすごすのでしょう。やはり体験しかない。でも現状、売る側は「買わせるための体験」という考え方しかしてないように見えます。そうではない、消費者に所有を強いないアプローチもあると思うんです。
わたしは最近ワンピースを買わなくなりました。とりわけ柄もののワンピースだったりすると、印象が強くて、何度も着れないんです。つまりコスパが悪い。いま、写真に写ることが非常に増えている時代なので、「あそこでも着て、ここでも着て」ということにはなりたくないですよね。だったらレンタルでいいんじゃないかと。昔考えていたのは、銀座や表参道にレンタル服のお店を出して、事前予約をした人が来店して着替えて1日過ごし、またお店で着替えて帰る、というようなビジネスです。モノとしての服よりも、その服を着るという体験を売る。
これはプラットフォームがあれば個人でもできることです。女性だったらよくわかると思うのですが、高い服ほど着なかったりしますよね。がんばって買ったのだから本当は着ているところを見てもらいたいし、写真も撮りたいのに、汚したくないとか、特別な日にしか着ないとかいろいろ考えているうちに結局着ないままになってしまう。家庭内の不良在庫です。それでもやっぱり所有していて、いつでも着られる状態にあるというのは大事なことです。であれば、いつでも使える権利は保持したまま、使わないときは貸すことが可能になればいいですよね。
ただ、着物のように値が張るものは個人間で数十万円するものを貸し借りするというのはリスクも高いわけです。だから間に会社が入って、保険もかけて、毎回クリーニングもしてくれる、というサービスがあったらいいなと。わたしも好きで仕立てた着物をこれまで10回くらいしか着ていません。着ないものを保管するためにレンタルクローゼットに年間何万円も払うのは誰が考えても無駄ですよね。保管料を無料にするぶん、貸し出してもよい、というサービスもありだと思います。たとえば百貨店は外商というすごいデータベースをもっていて、お客さまの家族構成やクローゼットの中身を全部知っている。使わないものはいったんお預かりする「保管+レンタル」のサービスは、すぐにでもできる気がします。
■ブランド側の物語よりも顧客の物語を
それと、日本ではいい服を買っても着ていく場所がないという問題も大きいと思います。同い年の友だちで、「結婚式がすごく楽しみ」という子がいるんです。自分が着飾っていく場が、結婚式くらいしかないから、と。わたしは職業柄、そういう機会は同年代よりはあると思うのですが、たしかにこういう仕事をしていなければ、結婚式や子どもの入学式、旅行先でちょっといいレストランに行くくらいしかおしゃれをする機会がないんですね。
服を売ろうと思ったら、それを着ていきたいと思う場所からつくることを考えないといけない。ディズニーランドが「スタジオ化」しているという話をしましたが、リンクコーデをしてインスタ映えする写真を撮るという目的で服を買う人が実際にいるわけです。今の女子大生たちはアトラクションにも乗らず、パレードも見ず、一見ディズニーランドかどうかわからないスポットで、まるで海外で撮ったかのような写真をどんどんアップするために入場料を払ってまでディズニーランドに行くんです。
「場作り」ということでは、『小売再生』に出ていたワイヤレススピーカーのメーカー、「ソノス」の店舗が印象的でした。著名なインテリアデザイナーを使ってまるでスタイリッシュな友人の家でくつろいでいるような空間のなかで心に残るリスニング体験をトータルで設計しています。音を楽しんでもらうために、すわり心地のよいソファを置いておいて、そこから見える風景まで全部コーディネートして、そのなかで音楽を聴かせる。そうするとスピーカー以外のものも売れるでしょう。まさにそれが目指すべき方向だと思います。
今後店舗がメディア化し、体験する場所としてよりテーマパークに近づいていく中で、ブランド側が伝えたいストーリーを押し付けるのではなく、顧客が自分の物語として感じられる環境を作れるかが問われていくのではないかと思います。
■小売の外から小売を変える
わたしは今でも百貨店が大好きで、最高級のセレクトショップとしての「百貨店的なるもの」は、いつの時代も必要とされ続けるはずだと考えています。今後百貨店が復興するために必要なのは、商品を売買する場所という意識から脱却し、自分たちをメディア企業として定義しなおすことなのではないでしょうか。
現在、わたしはメディア企業に所属していますが、「メディアが店舗になり、店舗がメディアになるという」発想は、6年前に百貨店で働いていた頃から変わらず考えていることでもあります。
ただ、業界の構造を変えるためには内側からではなく、外側からドラスティックに変えるしかないということは歴史的に見ても明らかです。だからこそ小売業界の外から小売を捉え直すことで課題を抽象化し、イノベーションを起こすことが必要なのではないかと考えています。
業界が成熟しきってしまい、新しいイノベーションを求めている時代だからこそ、小売業界が今、面白い。『小売再生』を読んで改めて、これまで自分が考えてきた以上に面白い時代が到来しているということを感じています。
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NewsPicks コミュニティマネージャー
大学卒業後、大手百貨店に入社。その後、スタートアップ、フリーランスを経て、2018年4月より現職。専門は小売、ファッション、コミュニティ(そして野球)。noteで小売・ファッションに特化したマガジン「新・小売概論」を運営。購買行動インタビューや新しいブランドの動きを研究している。NewsPicksアカデミアでは小売に特化したイベントシリーズ「新・小売概論」の企画運営・モデレーターも行う。
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(NewsPicks コミュニティマネージャー 最所 あさみ 聞き手・構成=プレジデント社書籍編集部)
