ありがとう天龍源一郎。生ける伝説〜引退まで53年の格闘家人生
最近では「最強のハスキーボイス」「日本一滑舌の悪い男」として有名なプロレスラー天龍源一郎だが、大相撲で13年、プロレスで40年、実に53年に及ぶ格闘家生活に、もうすぐ終止符を打とうとしている。
今から39年前、まだ大相撲にいた天龍は、ジャイアント馬場から「早くプロレスに来い」と誘われていながら、「相撲から逃げたと言われるのが嫌だ」と、勝ち越しするまで相撲を辞めなかった。こういう意地を張り、自分を通すその"つっぱり"精神こそが、天龍の魅力だ。
全日本プロレス時代は、ライバル団体の新日本プロレスから移籍してきた長州力たちに対し、「負けてたまるかよ!」というつっぱり精神を爆発させた。さらに、長州たちが新日本プロレスにUターンすると、阿修羅・原たちと『天龍同盟』を結成。当時、絶対的エースにして最強と言われていたジャンボ鶴田を怒らせることで、その怪物的な強さを引き出してみせた。これも、「長州がいなくなって全日本はつまらなくなった」と言わせたくないという、つっぱり精神から出た行動だ。
また、1989年11月にタッグマッチながら馬場からピンフォール勝ちを奪った天龍は、同じ日に東京ドーム大会を開催していたUWFへのつっぱり精神から、「今日の勝利はドームより重い」と発言している。
全日本プロレスのために全身全霊でつっぱってきた天龍にとって、ひとつの転機になったのが、1990年4月13日に東京ドームで開催された『日米レスリングサミット』だ。この大会直前に天龍同盟を解散した天龍は、ほぼ真反対のファイトスタイルと言っていいWWF(現WWE)スーパースターのランディ・サベージと対戦した。
女性マネージャーを介入させながら、派手なパフォーマンスで挑発してくるサベージのペースで試合は進み、天龍は大苦戦。しかし、最後は必殺のパワーボムでサベージを沈め、東京ドームに集まった観衆の溜飲を下げた。天龍自身もこの試合を、「思い出深い一戦」として挙げている。
その後、天龍は全日本プロレスを離れ、苦難の道を進むことになった。だが、やはり持ち前のつっぱり精神で新日本プロレスにも乗り込んでいき、1994年にはアントニオ猪木からもシングルマッチで勝利。日本人で唯一、「馬場・猪木からフォール勝ちした男」という称号を得た。
こうして天龍は誰もが認めるレジェンドレスラーとなったが、2011年12月から腰部脊柱管狭窄症の治療のため、プロレス人生で初めてとなる長期欠場を経験。2度の手術を経て、約1年後に復帰したが今年2月、「11月にプロレスラーを廃業し、現役を引退する」と突然の発表をした。
しかし、引退する理由は決してコンディションの悪化ではない。まだまだできる、というプライドも当然ある。しかし天龍は、「今年の正月に家内が大病して、天龍源一郎が元気なうちにしか彼女を支えていけないなという気持ちが芽生えた。もうそろそろ、天龍源一郎は腹いっぱいプロレスをやらせてもらったし、これからは俺が恩返ししなければいけないなと思ったのがキッカケ」と語り、引退を決意した。
長年、陰で支えてくれた奥さんのためなら、プロレスラーとしてのプライドも捨てる......。愛妻家として知られる、実に天龍らしい話だ。しかも天龍は、最後の最後まで"天龍源一郎らしさ"を崩さなかった。なんと引退試合の相手に、現在のプロレス界で間違いなくトップのひとりと言っていい、新日本プロレスの"レインメーカー"オカダ・カズチカを指名したのだ。しかも、一騎打ちで。
なぜ天龍は、オカダを指名したのか――。その理由は、オカダが2年連続でプロレス大賞のMVPを受賞した際、過去に連続でMVPを受賞したことがある猪木、鶴田、そして天龍に対して、「その3人には僕と同じ時代じゃなくてよかったな、と(思ってほしい)。同じ時代だったら、その3人にはそんな記録はできていないと思いますので。僕よりもだいぶ前の時代に、そういう記録が獲れたことを、僕に感謝してもらいたいですね」と発言したからだという。
この3人のなかで、今も現役なのは自分だけ。だから、「コイツは許せない」という気持ちをしっかりオカダにぶつけてやろう、というのだ。多彩でスマートな闘い方をするオカダに対し、「サッカーボールキックとグーパンチと喉元チョップだけで勝負つけてやりますよ」と、天龍は挑発した。これもまさしく、天龍らしい"つっぱり精神"ではないか。
引退試合となるオカダ戦は、どこかサベージ戦のときと似ているように思える。当時の天龍は、「リングに上がってしまえば、WWFもないよ、ランディ・サベージもないよ。自分のプロレスをするだけだ」と語ったが、「リングに上がってしまえば、平成プロレスもないよ、レインメーカーもないよ。自分のプロレスをするだけだ」と言ってくれそうな気がする。
それならば、最後に打って出てほしい。腰の手術をしてからは"封印状態"だが、馬場からも、猪木からもフォールを奪い、サベージ戦で見ている者のフラストレーションを一発で吹き飛ばした、あの完全無欠のパワーボムを――。
つっぱれ、天龍!
佐瀬順一●取材・文 text by Sase Junichi
