長嶋茂雄伝説 ミスタープロ野球の原点&指導方針を継承する2人に聞く
大きなフォロースルーをとった豪快なバッティングフォーム。当時、立教大学野球部で活躍していた長嶋茂雄さんです。
これは、母校でバッティングを披露したときの貴重な写真です。
長嶋茂雄さんは千葉県立佐倉高校出身。今年で、創立234年の歴史を誇る伝統校です。
■千葉県立佐倉高等学校 大野 貴幸 教頭
「こちらになります。」
佐倉高校には、長嶋さんゆかりの記念品が保管されています。
「こちらが、本校卒業生の長嶋茂雄さんのいろいろな記念品が飾られているところです。」
長嶋さんが、高校時代に使っていたバット。そして、ミスタープロ野球の原点が刻まれたスコアブックがありました。
1塁からホームまでなぞったダイヤのマークは、ホームランを示します。
■福島 郁夫 さん(89)
「これはね、ミスターにとっても公式戦のホームラン第1号ですから。」
このスコアブックの複製を大切に持っているのは、埼玉県に住む福島郁夫さん(89)。公式戦第1号ホームランを打たれたピッチャー、その人です。のちに、東映フライヤーズでも活躍しました。
1953年8月1日、2年生だった福島さんは長嶋さん擁する佐倉一高と対戦しました。六回表、長嶋さんの3打席目。1ボール1ストライクからの3球目でした。
■福島 郁夫 さん(89)
「ミスターにインコースに投げると、ナチュラルにシュート気味に入っていった。 曲がりきらなかった。だから、思い切りホームランを打たれた。」
長嶋さんにとっての公式戦第1号ホームランを打たれた福島さん。その弾道も鮮明に覚えています。
■福島 郁夫 さん(89)
「なにしろ上から大きなスイングで、たたきつけるような感じ。人によってはライナー性という人がいますが、私としてはハーフライナーですね。センターバックスクリーンに入ったホームランは。センターが取れるかと思った。そのまま打球が伸びて、バックスクリーンに入った。」
福島さんにとって、長嶋さんとのもうひとつの思い出があります。ホームランを打たれた球場で、30年ぶりに長嶋さんと再会したことです。
■福島 郁夫 さん(89)
「ミスターはグラウンドに来て私と会ったときに、いやぁ~しばらく、あの当時の球は速かったねぇって言ってくれた。」
「指を差している写真はセンターはあそこだったよねと。これは大変な記念写真。私が亡くなっても残しておいてもらいたい写真です。」
スコアブックに記されたダイヤのマーク。それは、長嶋茂雄伝説のはじまりとも言える証しでした。
■福山ローズファイターズ・ヤングコーチ 浅野 啓司 さん
「オッケー。ソウタ、浅野さんのところからボールが落ちないでスゥーッと行くイメージ。」
福山市出身の浅野 啓司さん(77)。福山市の中学生を対象とした硬式野球チームで、コーチをしています。
浅野さんは、元プロ野球選手。長嶋監督のもと、巨人のピッチャーとして活躍しました。浅野さんにとって、長嶋監督とは。
■元巨人投手 浅野 啓司 さん(77)
「長嶋さんは、細かいこと言わなかったですね。よし! いいよ!オッケー、オッケー、そんな感じで盛り上げてくれました。おっ いいぞ浅野!そんな感じで言ってくれました。」
勝負師の一面もありました。
■元巨人投手 浅野 啓司 さん(77)
「僕なんか、もうストライクが入らなくなったときは怒られました。『ピッチャーだろっ!』って。『ストライク投げるのが商売だろっ!』って。でも、試合が終わったり次の日になると、コロッと『きょうも行くぞー!』と言ってね。だから、忘れて次の日に試合に臨める。」
子どもたちの指導者となった浅野さん。長嶋さんの指導方針を継承しています。
■元巨人投手 浅野 啓司 さん(77)
「とにかく朝会ったときに、いつもと同じ形で会えるっていうこと。毎日同じ出会いをする。前の日こいつのエラーで負けた、とかもう関係ない。前の日に何があろうと関係ない。『今日も頼むぞ』という感じで。」
「名前を呼んで話す子どもたちと接するときは、下の名前を言って。『今日はどうだ?』『今日も調子いいか?』とそんな感じで接します。」
■元巨人投手 浅野 啓司 さん(77)
「おーっ、オッケー、オッケー。曲がったな、さっきより。ソウジロウ、コントロール良かったな。 今日、こんなにコントロールいいの見たことがない。キャッチャーが良かったか?ピッチャーが良かったって言っているぞ。」
長嶋さんの教えを胸に、きょうも子どもたちに向き合います。
【2026年5月21日 放送】
