超音波は人間の可聴域である約2kHz〜20kHzを超える高い周波数の音波であり、すでにエコー検査や医療機器の洗浄などに用いられています。ブラジル・サンパウロ大学の研究チームが主導した実験では、超音波を使ってインフルエンザウイルスや新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を破壊することに成功しました。

Ultrasound effectively destabilizes and disrupts the structural integrity of enveloped respiratory viruses | Scientific Reports

https://www.nature.com/articles/s41598-026-37584-x

Scientists use ultrasound to destroy influenza A and COVID-19 viruses without damaging human cells

https://agencia.fapesp.br/scientists-use-ultrasound-to-destroy-influenza-a-and-covid-19-viruses-without-damaging-human-cells/57968

Scientists Destroy COVID And Flu Viruses in The Lab With Sound Waves : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/scientists-destroy-covid-and-flu-viruses-in-the-lab-with-sound-waves

ウイルスは宿主細胞の分子機構を乗っ取って増殖する構造体であり、軽度の季節性感染症から致死的な疾患まで、さまざまな感染症を引き起こすことが知られています。鳥インフルエンザや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの深刻なウイルス感染症に対処するため、ワクチン開発の加速や革新的な治療戦略の開発が求められています。

これまでの対ウイルス戦略は人の体内で作用する必要性があることから、生物学的および生化学的な手法が主流となってきましたが、部屋や器具などの消毒には放射線や超音波などの物理学的な手法が用いられてきました。そこで研究チームは、超音波によって引き起こされる微細な振動を用いて、周囲の細胞に影響を与えずにウイルスを破壊する方法を開発しました。



実験には病院で使用されている超音波装置が用いられ、SARS-CoV-2やA型インフルエンザウイルス(H1N1)を3MHz〜20MHzの超音波にさらしました。研究チームはウイルスの物理的な変化を記録し、超音波で処理したウイルスが実験室内の細胞に感染できるかどうかを調査しました。

実験の結果、SARS-CoV-2やインフルエンザウイルスなどにみられるエンベロープという外膜が物理的に破壊され、宿主細胞への感染能力が著しく低下することが明らかになりました。

以下の画像は、青色が実験に用いられた宿主細胞の核を示し、緑色がSARS-CoV-2のスパイクタンパク質、赤色がSARS-CoV-2のRNAを示しています。上段は宿主細胞に未処理のSARS-CoV-2を感染させた画像で、下段が超音波で処理した後のSARS-CoV-2を感染させた画像。超音波で処理するとSARS-CoV-2のスパイクタンパク質やRNAが失われ、感染しにくくなることがわかります。



研究チームが開発した手法は音響共鳴という現象を利用したもので、超音波の周波数がウイルスのエンベロープの固有振動数と一致することで振動が増幅され、ウイルスが破壊されるという仕組みになっています。つまり、超音波のエネルギーに反応するのは対応する固有振動数を持つウイルスのみで、周辺の宿主細胞には影響しないというわけです。

論文の共著者でサンパウロ大学の計算物理学者であるオデミール・ブルーノ氏は、「この現象は完全に幾何学的なものです。多くのエンベロープウイルスのような球状粒子は、超音波エネルギーをより効率的に吸収します。粒子内部にエネルギーが蓄積されることで、ウイルスのエンベロープの構造が変化し、最終的に破裂に至るのです」とコメントしました。

今回の実験では、ウイルスは周辺の細胞よりも超音波に対してはるかに脆弱(ぜいじゃく)であることが観察されました。また、周辺細胞の温度や水素イオン指数(pH)も安定しており、ウイルスが破壊された要因として熱的または化学的な損傷は除外されています。

超音波によるウイルスの破壊が優れている点としては、ウイルス周辺の細胞や溶液に対して破壊的な影響を示さないことが挙げられます。さらに、標的は単一の分子経路ではなくウイルス自体の物理的な構造であるため、たとえウイルスの遺伝子が変異しても構造が同じであれば機能することもメリットです。これにより、SARS-CoV-2のデルタ株やオミクロン株のような変異株が出現しても、同様の方法でウイルスを破壊できます。

なお、今回の発見は画期的なものであるものの、超音波によるウイルス破壊が治療法として確立したわけではなく、超音波の調整や人間での実験など実用化に向けてやるべきことはたくさんあります。研究チームは、超音波を用いたアプローチが他のウイルス感染症にも有効であることを期待しており、すでにデング熱やジカ熱などの病原体となるウイルスについて調査を開始しているとのことです。