昨年の悔しさを糧に。市立船橋の背番号5が飛躍を期す。写真:松尾祐希

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 あんな1年は二度と送りたくない。それほどまでに辛くて、長いシーズンだった。鹿島つくばジュニアユースから市立船橋高に進学し、1年次から出場機会を掴んできたDF篠崎健人(3年)にとって、高校2年生だった昨季は思うようにいかなかった。

 高校1年生の頃から世代別代表に招集され、昨年4月にはU-17日本代表の一員としてU-17アジアカップに参戦。3バックの右で3試合に出場し、U-17ワールドカップの出場権獲得に貢献した。しかし、そこから苦難の日々が始まる。

 チームに戻ってから出場機会を失い、ベンチを温める日々が続いたのだ。スランプに陥り、調子を戻そうとすればするほど、ぬかるみにハマっていく。サイズを活かした空中戦の強さや推進力を活かした攻め上がりが発揮できず、目標としていた昨秋のU-17W杯はメンバーから漏れた。本当だったら、自分が立っていたはずの舞台。そうした複雑な感情から篠崎は素直に同大会の映像を見られなかったという。

「最初は見るつもりがなかった。あんまり見たいと思わなくて…。でも、応援している気持ちはあって、どうしても気になり始めて見ていた。でも、仲間が活躍していると、嬉しい気持ちよりも悔しい感情がくるので、あの舞台に立っていたらなとすごく思った」

 この悔しさを経て、迎えた昨年11月の高校選手権予選。ここでもまた悔やむ結果となる。準決勝でライバル・流経大柏と対戦。3-4で敗れ、1年次に続いて全国舞台に歩みを進められなかった。結果的に流経大柏は県大会を制し、全国大会でも準優勝。U-17日本代表でチームメイトだったメンディーサイモン友(3年)が本大会で目覚ましいプレーを見せたことも、悔しさを倍増させる一因となった。
 
「選手権予選を突破して自分たちが(決勝の舞台に)出ていればと考えると、本当に悔やまれる試合だった」

 昨秋に味わった2つの悔しさは忘れない。だからこそ、篠崎はさらなる成長を目ざし、一心不乱にサッカーへ打ち込んだ。持ち前の高さをより活かせるようにフィジカルを強化。自身のプレー基準も昨年12月にU-18日本代表の一員として参戦したSBSカップや今年2月に参加したU-17高校選抜の活動を通じて高め、Jクラブの練習に参加したことも自身にとってプラスとなった。

 そうした積み重ねを経て迎えた今季は背番号5を継承。かつてDF増嶋竜也(元柏ほか)やDF杉岡大暉(柏)が背負った市立船橋にとって守備のエースナンバーである。偉大な先輩たちが紡いできた伝統と責任をプレーで体現すべく、篠崎は開幕から尻上がりに調子を上げてきた。