会見に出席した大久保修一弁護士(4月21日 都内/弁護士JPニュース編集部)

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東京ガスに入社し、子会社に出向していた当時20代の男性社員・Aさんが2018年8月に自死した事案について、東京地方裁判所は4月13日、三田労働基準監督署による遺族補償給付の不支給決定を取り消す判決を言い渡した。長時間労働が認められない事案で、指導体制の欠落と上司の不適切な言動の累積による心理的負荷を「強」と評価した点が注目される。

4月21日、遺族側の代理人弁護士である蟹江鬼太郎弁護士と大久保修一弁護士が都内で記者会見を開き、判決の内容を説明するとともに、国に対して控訴断念を求める意見書を提出したことを明らかにした。

「教育体制が決まっていなかった」

Aさんは1994年生まれ。東京大学経済学部を卒業後、2017年4月に東京ガスに入社した。社内研修と教育出向を経て、2018年4月に子会社・東京ガスエンジニアリングソリューションズ(TGES)の財務グループに配属された。

同グループは直属の上司であるグループマネージャー(GM)のE氏、同僚のF氏、そしてAさん本人のわずか3人で日常業務を回す体制だった。

判決の事実認定によれば、TGESは2社の合併で設立された経緯から、社内に2つの会計システムが併存しており、月次分析のたびに新たなシステムエラーが発生する非定型な業務環境にあった。

加えて、教育出向明けの2年目社員が財務グループに配属されるのはAさんが初めてだったにもかかわらず、どのような業務を担当させるかについて、明確な方針が存在せず、E氏はF氏が実務指導を担うと期待し、F氏は自分がOJT担当であるとの認識を持っていなかった。

大久保弁護士は会見で「教育体制が決まっておらず、少人数の職場の中でポケットに入ってしまったような状態だった」と指摘した。

「俺に関心がないんだ」

Aさんは4月中、具体的な役割を与えられないまま一人で自席に座る時間が長く続いた。とくに、E氏とF氏はシステム統合プロジェクトや決算処理で恒常的に離席しており、Aさんはコピー取りのようなごく補助的な業務に従事するほかなかった。

一方、E氏は以前から言動の厳しさを周囲に指摘されていた人物だった。

5月11日、Aさんが報告会資料のドラフトをE氏に提出すると、E氏は一見して出来が悪いと感じた。修正に関するやり取りの中で「分かんないかなあ?」と詰問調になり、「そんなこと書く?」との指摘に、Aさんは固まった。言葉が出ず、会話が続かない状態になった。

裁判所は、この時点でE氏のAさんに対する印象が「少なくとも芳しいものでなかった」とし、「そのような思いがEの言動に現れたことは想像に難くない」と認定した。

6月6日の報告会でAさんは発表を行い、E氏も会場で聞いていた。E氏はAさんの発表について「内容も話し方も立派なもの」と感じていたが、翌日、Aさんが「何か改善点はありますか」と尋ねると、「特にないかな」と返しただけで、良かった点を伝えることはなかった。

Aさんはこのことを受け、両親に「特にないで終わった」「俺に関心がないんだよ」と話していた。

また、5月31日の賞与面談では、E氏が前任者からの査定引き継ぎを行わないまま「C」評価をAさんに告知した。

この際、「C」評価は原則として2年目以降の社員に付されるものであったが、E氏からその説明はなく、さらに「いつまでもお客さまじゃどうかな」「今は仕事受け身だよね」「能動的に仕事してほしいんだけど、できてないよね」「6月に新人が配属されるんだから頑張らないと」といった発言もあった。

「指導、対策、報告が十分に機能しなかった」

AさんがF氏に「Eが怖い」と漏らしたことをきっかけに、6月14日以降、E氏がA氏に直接指導することを控え、3人揃った状態でのみ打ち合わせを行うという「対策」が講じられた。

しかし対策はE氏らによって決定され、A氏本人の意向は確認されなかったうえ、訴状等によると、E氏はA氏が自分を怖がっていると知ったことで、会話はさらに少なくなり、仕事上必要なことしか話さなくなった。

こうしたことから、裁判所は「対策が職場における疎外感の改善につながったとは言い難い」と指摘。

Aさんは6月中旬以降、F氏に「皆さんの足を引っ張って申し訳ない」「迷惑を掛けている」「ミスばかりして申し訳ありません」と仕事の悩みを吐露するようになり、疎外感や無力感はむしろ増していた。

8月2日には契約獲得プロジェクトの説明会で、E氏が厳しめの口調で質問を重ね、A氏を再び固まらせるということが起きた。

このとき、E氏は「前にも聞いたけど」「あると思うんだけど」「悪いけど調べてよ」などといら立ちを見せ、F氏は以前の不適切な言い方が再発していると感じたが、それをE氏に伝えることはなかった。

また、F氏はA氏がうつ状態にあるのではないかと感じていたが、E氏にもG部長にも報告していなかった。

これらについて、裁判所は「Eに対する指導、対策、さらには報告の指示が十分に機能しなかったものといわざるを得ない」と断じた。

長時間労働なしでも「心理的負荷強」と判断

配属から約4か月後の2018年8月頃、Aさんはうつ病エピソードを発症。同月20日に命を絶った。

Aさんの自死をめぐっては、遺族が2021年に労災申請を行ったが、三田労基署は2022年1月に不支給を決定。その後の審査請求(2023年2月棄却)、再審査請求(2024年3月棄却)でも、いずれの段階でも心理的負荷の全体評価は3段階の真ん中にあたる「中」にとどまり、「業務が原因とは認められない」として退けられ続けていた。

判決はこれを覆し、配置転換に伴う心理的負荷を「中」、上司とのトラブルと会社の事後対応を一体的に評価して「中の上」と認定。両者を総合して全体の心理的負荷を「強」と判断。

東京地裁の判断について、原告側は「職場の支援・協力の欠如を重視した点がこの判決の特徴だ。殴る、怒鳴るといった明白な暴言や長時間労働の問題がない場合でも、不機嫌な言動の累積と放置が労災認定の根拠になり得ることを示した」と評価した。

なお、Aさんの遺族は控訴断念を求める意見書の中で、「2018年8月の自死からすでに8年が経過しようとしていますが、私達遺族の時間はその時から止まったままでした」「判決により、止まっていた時間がようやく進み始め、わずかに光が差してきたような気持ちです」と述べている。

東京ガスは弁護士JPニュースの取材に対し「本事案については社員が亡くなった事案であり、重く受け止めている」とコメントした。