なぜ今、3冊の「最難関」な古典が必要なのか──戸谷洋志さんと読む『三大哲学書』#1【別冊NHK100分de名著】

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「三大哲学書」を戸谷洋志さんが解説 #1

「真実」はどこにあるのか? 「共同体」が成立する条件とは? 私たちを覆う「不安」の正体とは──?

哲学史上「最難解」とされる三つの古典、カントの『純粋理性批判』、ヘーゲル『精神現象学』、ハイデガー『存在と時間』。

「三大哲学書」と呼ばれ、哲学史上「最難解」と評されるこの3冊を、その概要、執筆の時代背景、重要概念、思想の押さえるべきポイントを厳選して解説する『別冊NHK100分de名著 集中講義 三大哲学書』が発売となりました。

著者である哲学者・戸谷洋志さんは、これらのポイントを押さえることで、哲学が私たちの生きる「今」に活かせることが見えてくるといいます。

今回はそのイントロダクションとして、なぜ「今」この3冊を通して世界を見なくてはならないのかについての解説を公開します。(第1回/全5回)

1つの問題に対して、1冊の古典を

 本書では、それぞれの講で、一つの問題に対して、一冊の古典を取り上げていきます。

 第1講では、真実をめぐる問いを考えるために、一八世紀の哲学者であるイマヌエル・カントの『純粋理性批判』を取り上げます。カントが生きていた時代には、当然のことながら、インターネットは存在していません。しかし、彼は私たちが直面しているのと、よく似た問題と格闘しました。それは、なぜ科学が真実を明らかにできると言えるのか、また、科学的な真実と言えないのはどのような知識なのか、ということです。

 カントが生きた時代は、西洋において自然科学が飛躍的な発展を遂げていた時代に当たります。それまでの、宗教によって支配されていた世界観に代わって、科学こそが真実を明らかにできると、期待が寄せられていました。彼もまた、そうした期待を寄せていた哲学者の一人です。

 しかし彼は、すべて科学で解明できる、と考えていたわけではありません。科学が真実を担保できるためには、何が科学的な問題で、何がそうではないのかを、慎重に腑分けすることが重要です。『純粋理性批判』は、まさにその境界を明らかにし、私たちが科学的な真実を探究するための条件を考察した本なのです。彼が提示した問いかけは、真実が軽視されている現代社会においても、重要であるに違いありません。

 第2講では、共同体をめぐる問いを考えるために、一八世紀から一九世紀にかけて活躍した哲学者であるゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの『精神現象学』を取り上げます。彼がこの本のなかで問いかける論点の一つは、私たちはどのようにして互いを認め合えるのか、そして分断を乗り越えていけるのか、ということでした。

 ヘーゲルが生きた時代は、ヨーロッパにおいて社会のあり方が大きく変容した時代でした。彼は一八歳のときにフランス革命を目の当たりにします。それまで、貴族による支配が当然だった封建的な社会体制が打倒され、自由な市民社会の創設が叫ばれました。しかし、それも簡単にはいきません。革命が起きた後の社会がすぐに安定することはなく、市民の間に新たな分断が生まれ、血なまぐさい虐殺が起きたからです。

 このような事態に直面したとき、どのようにして人々は互いを仲間として認め合い、一つの共同体を形成していけるのか、ということは、当時の哲学が回答するべき喫緊の課題でした。それに対する彼の答えが、『精神現象学』では示されているのです。その思想は、同じように分断によって共同体が内側から引き裂かれつつある今日の状況を考えるためにも、大切な手がかりになるでしょう。

 第3講では、不安をめぐる問いを考えるために、二〇世紀の哲学者であるマルティン・ハイデガーの『存在と時間』を取り上げます。この本の主題は、存在の意味とは何か、という極めて抽象的なものですが、彼はそれを明らかにするために、人間がこの世界でどのように生きているのかを、ありのままに描き出す、という手法を採用しています。そして、その際の重要なキーワードが、不安なのです。

 本書で取り上げる哲学者のなかでも、もっとも今日に近い時代を生きたハイデガーは、産業革命を経て高度に発達した資本主義を目撃しました。彼はそのさなかで、目まぐるしく流行が移り変わり、次々と新商品が登場しては消費されていく、変化と流動の激しい世相に、大きな違和感を抱いたのです。

 こうした社会を生きる人々に共通するのは、とにかく周囲と同調しようとすることであると、彼は指摘します。みんなと同じものを身に着け、みんなと同じものに関心を持ち、みんなと同じ場所に行こうとするのです。しかし、なぜそんなにも人間は周囲と同調しようとするのでしょうか。その理由は、自分自身と向かい合うことが不安であり、その不安から逃れるためだ、と彼は考えます。このように、大衆の同調圧力が不安によって駆動されている、という洞察は、おそらく二一世紀においても変わらないのではないでしょうか。

 もちろんこの三冊が絶対に正しいということではありません。哲学史に詳しい人なら知っているように、カントもヘーゲルもハイデガーも、その後の哲学者によって様々に批判されてきました。したがって、本書はこの三人の哲学書を取り上げることで、「正解」をみなさんに教えたい、と意図しているわけではありません。

 そうではなく、あくまでも思考するための手がかりとして、いわばその道案内として、この三人の胸を借りようとしているのです。どれだけ批判されてきたのだとしても、この三人が第一級の哲学者であることは疑いようがありません。

 もしかしたら、この三人の言葉遣いは、いかにも難解で、むしろ遠回りしているかのように感じられるかも知れません。しかし、それは誤解です。その著作に触れることで、私たちはむしろ問題の本質へと、ダイレクトにアクセスできるのです。それはまるで、魔法によるワープのようなものです。

本書「別冊NHK100分de名著 集中講義 三大哲学書 カント『純粋理性批判』 ヘーゲル『精神現象学』ハイデガー『存在と時間』」では、

第0講 なぜ今「三大哲学書」を読むのか
第1講 カント『純粋理性批判』──真実とは何か
第2講 ヘーゲル『精神現象学』──共同体とは何か
第3講 ハイデガー『存在と時間』──不安とはなにか


という4つの講義を通して、不朽の名著から、現代が直面する問題の本質を読み解いていきます。

※第2回は12月26日に公開予定です。

■別冊NHK100分de名著 集中講義 三大哲学書 カント『純粋理性批判』 ヘーゲル『精神現象学』ハイデガー『存在と時間』(戸谷洋志 著)より抜粋
■脚注、図版、写真、ルビは権利などの関係上、記事から割愛しております。詳しくは書籍をご覧ください。

著者

戸谷洋志(とや・ひろし)
哲学者、立命館大学大学院准教授。1988年、東京都生まれ。法政大学文学部哲学科卒業後、大阪大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。ドイツ現代思想研究に起点を置いて、社会におけるテクノロジーをめぐる倫理のあり方を探求する傍ら、「哲学カフェ」の実践などを通じて、社会に開かれた対話の場を提案している。著書に『ハンス・ヨナスの哲学』(角川ソフィア文庫)、『ハンス・ヨナス 未来への責任 やがて来たる子どもたちのための倫理学』(慶應義塾大学出版会)、『哲学のはじまり』(NHK出版)、『メタバースの哲学』(講談社)、『責任と物語』(春秋社)、『詭弁と論破 対立を生みだす仕組みを哲学する』(朝日新書)など。2015年「原子力をめぐる哲学 ドイツ現代思想を中心に」で第31回暁烏敏賞受賞。
※全て刊行当時の情報です。