年収200万ダウン。慶應卒のエリート商社マンが、金と肩書きを捨てて飛び込んだ新天地
−女なんて、どうせ金を持ってる男が好きなんだろ−
そんな風に思うようになったのは、いつからだっただろう。
慶應義塾大学入学とともに東京に住み始めた翔太は、晴れて慶應ボーイとなるも庶民とセレブの壁に撃沈。
さらには付き合い始めた1歳年上の女子大生・花純が、お金持ちのおじさんに群がるいわゆるビッチだったことが判明。その悔しさをバネにした翔太は、大手総合商社の内定を勝ち取る。
若手の間は苦汁を飲んできた翔太だったが、28歳、社会人6年目でついにモテ期到来。シンガポール駐在も経験し、男としての自信を深めていく。

「なんであいつが俺より先に…」32歳、出世レースに負けた男の鬱憤
コジマが課長代理になった。俺よりも先に。
朝礼で挨拶するコジマに拍手を送ったあの日のことは、今でも夢に出てきます。胃が縮むような苦しさに耐え「おめでとう」と口を動かした、あの悔しさは忘れられない。
あいつの何が僕より優っているというのか。僕のどこがあいつに負けている?
ムカついてムカついて、やり場のない嫉妬の感情をどう解消すればいいかわからず、プライドが木っ端微塵に砕け散っていくのを、ただ呆然と眺めるしかできませんでした。
サラリーマンとは、残酷なものですね。
よーい、どんで入社したはずなのに、知らぬ間にどんどん格差は広がっていく。そして30歳を超えると、その差をこうして目に見える形で如実に突きつけられる。
頭では理解していたことでも、実際に経験しないとわからない痛みってありますよね。
男が出世レースに負ける痛み。それは、女にフラれることなんかとは正直比べものにならない、人生最大とも言えるほどのダメージでした。
そう、コジマの一件があったおかげ(?)か、みな実が望み通りのハイスペ婚をしていたという事実については、思ったほど動揺しなかったんです。
シンガポールから日本に帰国したことを伝え、久しぶりに会わないかと誘った僕に、「夫のいない平日ならいいけど。あと行く店によるかな」と言ってきたみな実。
聞けば、代々続く貿易会社の御曹司に嫁いだとか。
おそらく彼女は嫁ぎ先の資金力を元にして、自らの理想とするライフスタイルを実現するべくひたすら邁進しているのでしょう。
IT社長など一代で財を築いた系の男を選ばなかったあたりも実に彼女らしく、むしろ「あっぱれ」と声をかけてあげたいくらいです。
コジマに出世レースで負けた。その焦りと敗北感が、ついに翔太を動かす
実は、試しにヘッドハンターに会ってみたんです。
コジマに先を越されてからというもの「本当にこのままでいいのか」という焦燥感がいつも消えなくて。
風の噂で聞いたんですが、コジマの奴、赤坂に新築マンションを購入したそうです。
なんでも奴のボーナスは、僕より100万円近く多いらしい。しかもコジマ夫妻は妻もバリキャリで同等の稼ぎがあるから、1億近いマンションもポンと買えちゃうんでしょうね。
出世街道に乗り、結婚もして、さらには都内の一等地にマイホームまで。…僕はそのうちの一つも手に入れていないのに。
このまま漫然と過ごしているだけでは、永遠にコジマに負けたまま。なんとかしなければという焦りは、日を重ねるごとに強くなっていきました。
もちろんすぐに会社を辞めるとか、そんなことは考えていません。ただ32歳という年齢は、違うチャンスに賭けるならばそろそろ時間がない、そういうタイミングにあると思ったから。
結果は…微妙なところでした。
というのも、僕のキャリアだと、例えばスタートアップ系の経営陣なんかの需要はかなりあるそうなんです。その場合、今の給与の1.5倍も見込めるとか。
しかしたとえ収入アップするとしても、せっかく手に入れた大手総合商社の肩書きを捨ててまで、名前も知らない、さらには安定もないベンチャーに転職するメリットがあるとは到底思えない。
−やはり、今の会社で踏ん張るしかないか…。
そんな風に結論づけていました。“あの記事”を目にするまでは。
大学同期がCEO…!?偶然見つけたインタビュー記事
フリーペーパーって当時流行っていたじゃないですか。
僕も通勤途中に時々手にとっては読んでいました。そこで偶然、大学時代の友人・一馬がインタビューされている記事を見つけたんです。

その記事によると、一馬はスマートフォン向けアプリ開発会社のCEOをしているのだとか。
当時確かにスマートフォンがものすごい勢いで普及していましたが、IT系に疎い僕はアプリ開発と言われてもいまいちピンとこない。有象無象がひしめく怪しい業界のようなイメージがあって、最初は正直小馬鹿にしていました。
しかし誌面の中で「このビジネスは世界を変えるものになる」などと熱く語る一馬は、同じ歳とは思えぬほど自信に満ち溢れていた。
−所詮、ぽっと出のベンチャーだろ。
なんとも言えぬ焦りと苦々しい思いを抱きながら、僕は一馬の会社をネット検索してみました。
すると出てくる出てくる…。「注目のベンチャー企業」とか「次世代を担う、期待の新星」など。一馬を取り上げた記事が次から次へと見つかったのです。
夢中で記事を読み漁るうち、僕は不覚にも感動を覚えていました。同い年で、こんなにもメディアから注目されている奴がいたとは。
先に出世したコジマに鬱々としていた自分が、急にちっぽけに思えてきます。
会社の中での出世競争なんて小さな世界の話じゃないか。視線を外にずらせば、世の中にはこんなにもすごい奴がいるのだ。
そう思ったら、なんだか急に活力が湧いてきました。ここ最近感じることのなかった高揚に突き動かされ、僕は衝動的にその場で一馬に連絡を取ったのです。
社交辞令もそこそこに僕が一馬のビジネスに興味があることを伝えると「それならぜひ一度話を」と、ものすごいスピードで会うことが決まりました。
注目の若手経営者となった同級生・一馬との再会で、翔太に人生の転機が訪れる
一馬に指定された場所は、神宮前の裏通りにある、オフィスとは名ばかりの手狭な雑居ビルでした。
聞けば現在、社員は3人だけ。経営全般を取りしきるCEOの一馬の他は総務経理などの事務担当と、信頼できるエンジニアのみ。少数精鋭もいいところだが、どうにかここまでやってきたのだといいます。
大手総合商社勤務とはいえ平社員の僕を、一馬がどこまで買ってくれていたかは正直わかりません。ただ世間が注目してくれている今、さらなる事業拡大が急務。そんなタイミングにちょうどよくやってきた僕を、彼は熱烈に口説いてくれました。
僕を、一馬の右腕となって実務を回すCOOとして迎え入れたいと言うのです。
この僕が、COOになる。
パッと視界が開け、目の前に光り輝く道ができた気がしました。
もちろんすぐには決断できず一旦は返事を保留にしたわけですが、キラキラと未来を語る一馬の瞳が、家に戻ったあともずっと僕の脳裏に焼き付いていました。
運命とは、不思議なものです。
たとえ無意識であったとしても、自らの意志が向く方に自然と動いていく。思えばこのタイミングで二度目の駐在話があったことも、偶然ではないのかもしれません。
そう、一馬に熱烈スカウトを受けてから間もなく、僕は上司から転職の意志を決定的なものとする打診をされてしまうのです。
「近いうちに、再び駐在の可能性がある」
「行き先はコンゴが濃厚」
「まあ、頑張れ」と言って肩を叩かれたとき、僕は上司の意図とは真逆の決意を固めました。むしろ新天地に向かい、背中を押されたように感じたのです。
転職にあたり、一馬が僕に提示した報酬は年収850万円でした。
当時僕の年収は1,050万円ほどでしたから、200万円のダウンです。
しかし創業したばかりで、彼自身の給料もさほど多くないであろう武史の台所事情を理解し、僕はその条件を承諾することにしました。
強がりじゃなく、不思議とお金のことは気にならなかったんです。

−ここで一旗揚げてやる…!
まるで漫画かドラマの主人公にでもなったように、沸き立つ高揚に酔いしれていました。
そうして僕は、武者震いとともに、10年勤めた総合商社を退職したのです。
▶NEXT:10月26日 土曜更新予定
35歳。商社マンの肩書きを捨てた翔太の、その後。
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