「大きな壁」と自ら表現する高い目標を設定して、その頂に猛烈なアタックをかけ始めた浅田真央が、戦いの場にしっかりと戻ってきた。
 
 復帰シーズンとなる今季のグランプリシリーズ(GP)初戦となった中国杯で、25歳の元世界女王が2シーズンぶりのGP優勝を飾った。今回のGP大会出場は、優勝した2013年12月のGPファイナル(福岡)以来。11年ロシア杯から数えて8連勝となり、シリーズ通算15勝目(GPファイナル4勝を含む)で日本選手最多優勝回数を更新。歴代最多の17タイトルを持つイリーナ・スルツカヤ(ロシア)の大記録まであと「2つ」に迫った。

 この日のフリーは、2度のジャンプミスなどで精彩を欠いて125.75点の3位だったが、前日のショートプログラム(SP)で2位との差を約6点差つけていた貯金が生き、合計197.48点のトップスコアをマーク。フリー1位の本郷理華を1.72点差でかわして辛くも逃げ切った格好だ。

「今日のフリーの演技はすごく納得していないですし、自分の予想していた演技ができなかったので、結果は優勝ですが私としては満足していませんね。フリーでは自分のやるべきことがたくさんありますし、まだまだ課題がたくさんあるんだなと感じました。次の試合(NHK杯)に向けて、時間は少ないですけど、フリーを中心に練習していきたいです」

 滑り終わってフィニッシュポーズから立ち上がるときに見せた苦笑い。満足のいく演技ができなかった不甲斐なさに少し重い気分を抱えてリンクを引き上げた浅田は、キス・アンド・クライで応援してくれたファンに「ありがとうございました。失敗しちゃいました」と手を合わせ、感謝と申し訳ない気持ちを見せた。

 すでに10月3日のジャパンオープンで披露しているフリーは中国杯で2度目。だが浅田にとってはGP大会という本格的な競技会での初演技だった。今大会では公式練習から気負った様子は見られず、普段通りの浅田がいたように見えたが、やはり勝負がかかる競技会での戦いとなるとプレッシャーはあったようだ。

 佐藤信夫コーチはこう明かした。

「やっぱり冷静に振り返ってみて、久しぶりの競技会ということで、彼女には非常に大きなプレッシャーがあったのではないかと思っています。SPは6分間練習後、一番の滑走順だったのでとっても良かったと思いますが、今日は一番最後で、いろいろ考えてしまったかもしれない。だから、何回か(試合を)重ねていかないといけないと思います。いつもと変わらないように見えますが、緊張感は間違いなくあったと思います」

 そんな心の内を抱えながらも、SPに続き、フリーでも冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させた。休養前にはほとんど見ることができなかった、軽やかで力みのない、切れ味抜群のジャンプだった。ここから勢いに乗っていくかと思ったが、落とし穴が待っていた。

 直後の連続ジャンプの3フリップ+3ループの2つ目のループで回りきれずに転倒。そして3本目のジャンプとなる苦手の3ルッツではバランスを崩して2ルッツになる立ち上がりだった。また、プログラム終盤には得意の3フリップからの3連続ジャンプを予定していたが、1フリップとパンクしてしまう失敗が続き、アンダーローテーションの回転不足と判定されたジャンプも2つあるなど、ジャンプで精彩を欠いた。

「最初のフリップ+ループの失敗は、自分の中でも予想外で気持ちが前に前に行ってしまって、次のジャンプも平常心を保てないまま行ってしまったかなという感じがありました。後半のジャンプ(ミス)は、ちょっとスタミナと気持ちが合ってなかったかなという感じでした」

 確かに得意なジャンプで失敗をして、得点は伸び悩んだ。それでも、代名詞のトリプルアクセルをしっかりと跳んだ。その上、プログラムのジャンプ構成は、休養前よりも明らかに難しいものに取り組んでいる。冒頭のトリプルアクセルから始まり、3フリップ+3ループ、そして3ルッツという高難度のエレメンツの連続技だ。この組み合わせのジャンプ構成はSP(SPの場合は連続ジャンプとルッツの間にスピンが入る)とフリーともに果敢に挑戦した。

 いずれも完璧にはできなかったが、あえてシーズン序盤からこのジャンプ構成にチャレンジした意気込みにすごみが感じられた。休養明けの復帰初戦で挑戦すること自体、並大抵のことではできないからだ。それをやってしまうところが浅田らしかった。

「今回、SPとフリーでトリプルアクセルを跳べたことは、今後の試合に向けて自分の自信になったかなと思います。アクセルの調子はこのまま続けていって、他の部分ではSPでもフリーでもまだまだ減点されるところがあるので、他の部分の質をもっともっと上げていかないといけないなと思います。

 3ルッツについては、単発ではいけるんですけど、トリプルアクセルからフリップ+ループ、ルッツという難易度の高いジャンプが3つ続く(フリープログラムの序盤の)ところが、自分の中で大きな壁ですね。この3つのジャンプのリズムをもっともっともっと自分の中に入れていかないといけないと思っています。NHK杯(27日開幕)までにはこの3つのジャンプをもっともっと練習していったら大丈夫かなと思います。自分のいまの課題としては、3つの大きなエレメンツの質を高めていくことです」

 演技後の取材で、浅田は、普通は2度重ねて使う「もっと」という言葉を、力を込めて3度続けた。自分はまだ「もっと」できる。「もっと」やるべきことがある。「もっと」上にいける。そんな強い思いが3つ目の「もっと」から伝わってきた。どん欲な向上心を持つアスリートなのだと改めて感じた瞬間だった。

 ブランクの影響も垣間見せた。昨季から「名前のコールから30秒以内でスタートポジションにつかないと1点減点」になるという規定ができたが、フリーの最終滑走だった浅田は32秒かかり、1点減点されてしまった。「勘違いしていました。これまでと同じく1分かと思ってしまって......」と、ルール変更に戸惑いを見せた。この減点が勝敗を左右しなかったことに、「今回で良かった」と胸をなで下ろしていた。

 ただおそらく本人も、復帰宣言をした当初は、相当な時間をかけなければ、休養する前に出場して優勝した「昨年(2014年)の世界選手権レベル」にまで戻すことはできないと思っていたに違いない。本格的に競技会仕様の練習に取り組んだわずか数カ月の時間で、それを休養前とほぼ近いレベルまで復活させてきた。しかも一部のエレメンツ(技)では休養前よりもパワーアップしているところが見られた。これにはスケート関係者や報道陣も驚きを隠せなかった。

「いま試合を終えて振り返ってみると、一発一発(のジャンプ)はもう何も問題なくいくので、あとはもう、最初から最後まで(プログラムを)通して(ジャンプを)やるリズムを作っていかないといけないんだなと改めて感じました。(今回の大会に出場してみて)試合勘はそこまで抜けていなかった。まだまだ(プログラムの)仕上げの段階で、まだもっと追い込まないといけないんだなと、SPでもフリーでも思いましたね。いつもよりも仕上がりは早いほうですが、曲を通したときにまとまった演技ができるように、これからはプログラム全体を通した仕上げの演技をしていかないといけないなと思いました」

 佐藤コーチも次のように語って今後に期待を寄せる。

「正直、私はまだ慎重な運転かなと思っています。演技にもう少しグッとくるものがほしいかな。ただ、回を重ねていけば順調にいくと思っていますし、少しずつ固めていきたいです。今日のフリーであまり想像できなかったミスを連発したわけですけども、どこに原因があるのかということを本人がよく考えてくれれば、それが一番の収穫になると思います」

 中国杯を制したことで、12月初旬にあるGPファイナル進出に向けても一歩前進。結果もしっかり出して、内容的にも10代の若手選手に劣らない実力を発揮してみせた。25歳の浅田真央がどこまで突っ走っていくのか。その可能性に目が離せない。

辛仁夏●文 text by Synn Yinha