■よい対立こそ進歩の要

仕事において、対立関係といういのは無駄に時間を浪費したり、あるいは途方もない疲労感生み出したり……できれば避けて通り、スムーズにすべてを終わらせてしまいたい場面も多々おありではないだろうか。

互いに“伝わらない”と感じ、不調和がみられるとしたら、互いの認識のどこかがずれている可能性が考えられる。ただこれが、対立関係ではなく“対立する思考”だとしたら、「認識のズレ」や「間違い」を互いにすりあわせてズレを解消することで、問題が解決される可能性もありえるだろう。ピーター・ドラッカーは「対立大いに結構。正反対大いに結構。これも一つの自然の理ではないか。対立あればこその深みである。妙味である。だから、排することに心を労するよりも、これをいかに受け入れ、これといかに調和するかに、心を労したい」(*)と記している。

多くの人間は本能的に対立を避けようとするが、マーガレット・ヘッファナン氏はTEDで「よい対立こそ進歩の要なのだ」と説いている。実は、最良のパートナーとは自分の考えに同調する者ではなく、素晴らしい調査チーム、仕事関係、ビジネス関係にあることであり、深い対立を容認することで、そこには最高の考えが生まれるというのだ。

ヘッファナン氏は、あるひとりの女性医師の例をあげて、対立が生み出す生産的な関係を語っている――。

■「間違いだと証明できない」反証が心の支えに

女性医師アリスは、増加する小児癌をテーマとして研究をしてきた。他の病気のほとんどが貧困と関連性があるにも関わらず、子供の癌患者の場合のみ、多くは裕福な家庭の出身だった。

「この例外はどう説明できるのか」

わずかな研究費の中で、食生活なのか、生活環境なのか……あらゆる事実を調べあげるには至らなかった。ところがある日、統計的に確かなデータが浮かびあがってきた。 亡くなった子供の母親は、2人に1人の割合で妊娠時にX線を浴びていたのである。

予備調査結果を急ぎ1956年に医学雑誌の「ランセット誌」に発表をすると、ノーベル賞の話も出るほどの賞讃を浴び、アリスは大急ぎで子供の癌の全てのケースを調べようと努めた。あらゆるデータが消えてしまう前にと……。ところが、実は彼女は急ぐ必要などなかった。イギリスとアメリカの医療機関が妊婦へのX線照射をとりやめたのは 、それから25年も後のこと。彼女のデータは公開され誰もが閲覧できるのに、残念ながら誰も気にもとめず何も変わることはなかったのである……。

こうした“誰も気にもとめない結果”という状況下で、彼女が自分自身を信じ続けることができた背景には、ひとつの“対立”があったという。

アリスの仕事相手の統計学者ジョージ・ニールは、アリスとは正反対の人柄であり、 彼は2人の仕事上の関係の素晴らしさに言及し「私の仕事はスチュアート医師の間違いを証明すること」と語り、彼は積極的にアリスとの見解の不一致を探していった。簡単に言えば、パートナーの仕事をデータ的に“粗さがし”をすることを自分の任務としていたのである。彼女を反証すべく別の視点からモデルや統計を検証し、データの演算処理を違った方法で行っていった。

彼は「自分の仕事は対立をつくり出すことだ」と心得ていたという。なぜなら、アリスが「自分が正しい」と確信できる 唯一の方法は、“「アリスは間違っている」とジョージが証明できないこと”だったからである。

■「建設的な対立」を築くために、必要なこと

こうした建設的な対立を築くためには、大変な労力がいるだろう。まずは、自分たちとまったくタイプの異なる人間を見つけて傍に置かなければならない。つまり、イエスマンではない人間だ。そんな存在をまわりにおくだけで、私たちは非常な忍耐とエネルギーを要することになる。なぜなら、自分に似た人間を好むという生物学的欲望に逆らうことになるからだ。

ヘッファナン氏によれば、これは「異なった素性や規律、異なる思考パターン、経験を持つ人を探し、彼らと関わり合う方法を見いだすことを意味する」という。考えてみれば、そのことやその相手を気にしないのであれば、それほどの労力と時間を割いて、相手を反証しようとなどできないだろう。つまり、そこにはその事象や人物に対する一種の愛情のようなものがあり、私たちが持つ「対立=敵対」という固定的な概念を切り替えるべきことを意味している。

「欧米の企業の重役を調査した結果 85%が、仕事上提起したくない問題や悩み事を抱えているとされる。起こりうる対立への心配や、どう処理すればいいかわからない議論へ巻き込まれることへの不安があり、彼らは敗北の気配を感じるからだ」とヘッファナン氏は言うが、ここに必要なのは対立意見をあわせ、共に考えることなのだろう。

たとえば小さな身内という単位ながら、スティーヴン・キングは、自分の小説を妻に真っ先に読んでもらい、最初の意見をもらったという。彼女が「ダメだ」と思うことは、自分と対立していようと読者のひとつの視点として、何よりも大切にしたそうだ。むしろ、何も反対意見のないままに決定してしまうことの恐ろしさをキングも感じていたのだろう。

「対立なければ決定なし。マネジメントの行なう意思決定は、全会一致によってなしうるものではない。対立する見解が衝突し、異なる見解が対話し、いくつかの判断のなかから選択が行なわれて初めてなしうるものである。したがって、意思決定における第一の原則は、意見の対立を見ないときには決定を行なわないことである」(*)とはドラッカーの言葉だが、「対立の技能、習慣、才能、それを使うマナーを身に着けない限り、我々は問題を解決できません」とヘッファナン氏は言う。

ときには、自分と異なる見解も“対立”意見ととらえずに、もうひとつの案として、自分の考えを見直すよい機会として考えてみる。それは、もっともらしく思えてしまうが、実は不完全な意見に振り回されたり、間違った方向に右へ倣えをしたりする前に、まずは検討の余地を生む代案にも目を向けることである。そして、「なぜその人物が対立する主張をするのか」の根源を明らかにし、問題としての根本を解決することで、自分が主張したい内容、伝えたい思いを、より明確で強い内容へと導いてくれるはずだ。

[脚注・参考資料]
Margaret Heffernan, Dare to disagree, TED Global 2012, Filmed Jun 2012
http://www.ted.com/talks/margaret_heffernan_dare_to_disagree

*『マネジメント- 基本と原則』ピーター・F・ドラッカー 著, 上田 惇生・翻訳 (ダイヤモンド社 2001年)

(上野陽子=文)