2026年6月9日、平壌国際空港で中国の習近平国家主席(右)を見送る金正恩朝鮮労働党総書記(写真:朝鮮通信/共同通信イメージズ)


 中国の習近平国家主席が6月8日、北朝鮮を訪問した。習主席の訪朝は2019年以来となる。

 今回の中朝首脳会談では、経済協力や地域情勢について意見交換が行われたものの、朝鮮半島の非核化は主要議題として前面に出なかった。

 もちろん、中国が公式に北朝鮮の核保有を承認したわけではない。中国は現在も、建前としては朝鮮半島の非核化を掲げている。しかし今回の会談で非核化圧力が前面に出なかったことは、少なくとも現局面において、中国が非核化の実現よりも、北朝鮮との関係維持や朝鮮半島情勢の管理を優先しているとの印象を与える。

 習主席訪朝の約3週間前の5月14〜15日には、北京で米中首脳会談が開かれた。会談では台湾問題や経済問題、先端技術を巡る競争などが中心的なテーマとなり、米中両国は対立を抱えながらも関係の安定化を模索する姿勢を示した。

2026年5月14日に行われた米中首脳会談。北京の人民大会堂で歓迎式典に臨むトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席(写真:共同通信社)


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習主席訪朝に重ねた「核物質増産」と非核化拒絶のメッセージ

 こうした中、習主席の訪朝を前に北朝鮮は重要なメッセージを相次いで発信した。6月3日には金正恩朝鮮労働党総書記がウラン濃縮施設を視察し、兵器級核物質の生産能力が2倍を超えたと説明したことが報じられた。

2026年6月3日、新たに稼働した核物質の生産工場を視察する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記(左から2人目/写真:朝鮮中央通信=共同通信社)


 さらに6月6日には、金正恩氏の妹で朝鮮労働党総務部長の金与正(ヨジョン)氏が米国が掲げる非核化について「時代遅れの夢」と批判する談話を発表した。

北朝鮮の金与正朝鮮労働党総務部長(写真:朝鮮通信=共同通信社)


 核物質生産能力の拡大を公表したこと、非核化への否定的な姿勢を改めて示したこと、そして習主席の訪朝が同じ時期に重なったことは偶然とは言い切れないだろう。

 ただし、それは中国と北朝鮮が事前に明示的な役割分担を行ったという意味ではない。むしろ、米中対立、米朝対話の停滞、中ロ朝の接近という環境の中で、北朝鮮が自国の核保有を既成事実化する好機と判断している可能性を示すものと見るべきである。

 3日のウラン濃縮施設視察について北朝鮮メディアが公開した写真には、多数の遠心分離機が並ぶ施設が映っていた。

 高濃縮ウランは核弾頭の材料となる。核兵器の保有数や将来的な増産能力を左右するため、核保有国や核開発国を分析する際には、ミサイルだけでなく核物質生産能力も重要な評価対象となる。

 北朝鮮が核施設を公開するのは今回が初めてではない。2010年には寧辺(ヨンビョン)のウラン濃縮施設を米国の核物理学者ジークフリード・ヘッカー博士に公開し、約2000基の遠心分離機が稼働している様子を示した。当時、その規模は多くの専門家の予想を上回り、北朝鮮の核開発能力に対する評価を見直す契機となった。

北朝鮮訪問後、北京国際空港で記者団に語るヘッカー博士(2010年11月、写真:共同通信社)


 その後も北朝鮮は核実験やミサイル開発を継続してきたが、核物質生産施設の実態については依然として不明な点が多い。

 今回公開された施設の所在地は明らかにされていない。一方、韓国政府は2026年3月、北朝鮮北西部の亀城(クソン)市に新たなウラン濃縮施設が存在すると国会で報告している。従来知られていた寧辺、平壌近郊の降仙(カンソン)と合わせれば、北朝鮮は複数の施設で核物質生産を行っている可能性がある。

 仮に複数の施設が同時に稼働しているとすれば、核物質生産能力は従来の推計を上回る可能性もある。ただし、施設の規模や稼働状況を外部から正確に把握することは難しく、金正恩氏が語った「生産能力2倍超」を検証する材料は限られている。

 それでも北朝鮮が自ら増産を公表したことには意味がある。秘密裏に能力を拡大するだけでなく、その事実を国内外に示すことで、核戦力強化の意思を明確に伝えようとした可能性がある。

「戦術核」へシフトする北朝鮮、多様化するミサイル運用の選択肢

 核物質生産能力の拡大は、それ単独で意味を持つわけではない。近年の北朝鮮は、核兵器を運搬する手段の多様化を進めている。

 2021年の朝鮮労働党第8回大会では、戦術核兵器、極超音速兵器、固体燃料大陸間弾道ミサイル(ICBM)、原子力潜水艦などが重点開発分野として示された。

 その後、北朝鮮は短距離弾道ミサイル「KN-23」、長距離巡航ミサイル、大口径ロケット砲、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)などの試験を繰り返し実施している。最近では、5月26日に短距離弾道ミサイルや戦術巡航ミサイルなどを発射している。

北朝鮮が行った複数種類のミサイル発射実験(2026年5月26日、写真:朝鮮中央通信=共同通信社)


 特に近年は、戦略核兵器だけでなく戦術核兵器への関心が高まっているとみられる。戦術核兵器は戦場での使用を想定した比較的小型の核兵器であり、通常戦力と核戦力の境界を曖昧にする特徴を持つ。

 北朝鮮が複数の運搬手段を整備しながら核物質生産能力も拡大しているとすれば、単に核兵器の数を増やすだけでなく、運用の選択肢を広げようとしている可能性がある。

 今回の施設公開は、新しいミサイルの登場というよりも、それらの基盤となる核物質生産能力への関心を促すものと見ることができる。

 朝鮮半島の非核化は長年にわたり関係国が共有してきた外交目標だった。

 2018年にシンガポールで行われた米朝首脳会談では、朝鮮半島の完全な非核化が共同声明に盛り込まれた。当時は米朝関係改善への期待が高まり、中国やロシアも非核化支持を表明していた。

2018年年6月、シンガポールで行われた米朝首脳会談の冒頭で握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(写真:ロイター=共同通信社)


 しかし、その流れは長く続かなかった。2019年の米朝首脳会談(ハノイ)では、北朝鮮が寧辺核施設の廃棄を提案した一方、米国はより包括的な非核化措置を求めたとされる。交渉は合意に至らず、その後の実務協議も停滞した。

2019年2月、会談場のホテルの庭園を並んで歩くトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(ハノイ/写真:ロイター=共同通信社)


 交渉が停滞する中で、北朝鮮は核政策の位置付けを変えていく。2022年には核兵器政策法を制定し、一定条件下での核兵器使用に関する方針を明文化した。さらに2023年には憲法を改正し、核戦力強化を国家政策として位置付けた。

 こうした動きは、核兵器が交渉材料という位置付けを超え、安全保障政策の中核に組み込まれていることを示している。金与正氏が非核化を「時代遅れの夢」と表現した背景にも、この政策転換があると考えられる。

中ロ朝の急接近、ウクライナ戦争後に崩れた「包囲網」の実態

 北朝鮮の動きを理解する上では、国際環境の変化も重要な要素となる。中国は現在も朝鮮半島の非核化を掲げている。しかし同時に、米中対立が続く中で北朝鮮との関係維持も重視している。

 中国にとって北朝鮮は、朝鮮半島の安定維持や対米戦略を考える上で重要な存在だ。習主席の訪朝は、その関係を改めて確認する意味合いを持っていたとみられる。

 一方、ウクライナ戦争以降はロシアとの関係も急速に深まった。米韓・西側当局は、北朝鮮がロシアに兵員や兵器・弾薬を提供していると指摘しており、その見返りとして軍事技術や経済支援を受けている可能性も取り沙汰されている。

 2024年に締結された包括的戦略パートナーシップ条約は、両国関係の緊密化を象徴する出来事だった。

2024年6月19日、「包括的戦略パートナーシップ条約」に署名し握手するロシアのプーチン大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記(写真:朝鮮中央通信=共同通信社)


 その結果、北朝鮮を取り巻く外交環境は大きく変化した。かつては中国が制裁履行に協力し、ロシアも国連安保理で一定の役割を果たしていた。しかし現在は、中ロ両国とも北朝鮮への圧力強化には慎重な姿勢を見せている。

 北朝鮮から見れば、外交的孤立への懸念は以前より小さくなった可能性がある。

台湾有事と連動するリスク、日本周辺に迫る「二正面作戦」の脅威

 北朝鮮の核・ミサイル問題は、もはや朝鮮半島だけの問題ではない。台湾海峡、東シナ海、在日米軍基地の運用とも結びつき、日本周辺の安全保障環境全体に影響を及ぼす問題になっている。

 東アジアでは台湾海峡情勢への関心が高まっている。仮に中国と台湾の間で軍事衝突が発生した場合、沖縄をはじめとする在日米軍基地は重要な活動拠点となる可能性が高い。

 その際、朝鮮半島情勢も緊迫化すれば、日本と米国は二つの地域への対応を同時に迫られる。防空・ミサイル防衛、警戒監視活動、自衛隊や在日米軍の運用への負担は大きくなるだろう。海上交通路の安全確保やエネルギー輸送への影響も無視できない。

 今回注目されるのは、5月の米中首脳会談、6月の習近平主席訪朝、そして北朝鮮による核物質増産の公表と非核化否定のメッセージが、ほぼ同じ時期に重なった点である。

 米中が台湾問題や経済問題への対応を優先する中、中国は北朝鮮との関係維持を続け、ロシアとの協力も深まっている。そうした環境の中で、北朝鮮は核戦力の整備を着実に進めている。

 今回公開された施設の実際の能力や、北朝鮮が保有する核物質の全体像は依然として明らかではない。しかし、金正恩氏が核物質増産を公然と語り、金与正氏が非核化を否定したことは、現在の北朝鮮の政策の方向性を示す材料となる。

 今回の一連の動きは、北朝鮮の核問題を考える際に、ミサイル発射実験だけでなく、その背後で進む核物質生産能力の拡大や、中ロとの関係強化にも目を向ける必要があることを改めて示した。

 北朝鮮を取り巻く環境は、米朝対話が進んだ2018年当時とは大きく変化している。

筆者:宮田 敦司