上田綺世(C)Norio ROKUKAWA / office La Strada

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【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】

【恩師直撃】鈴木淳之介〈前編〉コロナ禍に大変貌「強豪校監督が『ジダンじゃん』と目を丸くした」(帝京大可児高監督・仲井正剛)

 FW上田綺世
(オランダ1部フェイエノールト/27歳)

 北中米W杯で初の8強以上を目指すには、FW陣のゴールが不可欠となる。中でも期待されるのは、今季オランダリーグで得点王に輝いた絶対的エースFWの上田である。法政大時代に監督として指導した長山一也氏(現東海1部=FC.ISE-SHIMA監督)に聞いた。

  ◇  ◇  ◇

 ──上田との出会いは?

「私は帝京第三高校出身で廣瀬龍さん(現長野パルセイロ・レディース監督)が恩師。その龍さんが鹿島学園の総監督になり、同高の鈴木雅人監督に『いい選手がいたら長山の法政大に入れてあげて』と話してくれていたようなんです。鈴木監督も帝三の先輩に当たります。『練習に行かせるからぜひ見てくれ』と言ってくれて高3の綺世を送ってくれました。大学生相手に強烈なヘディングシュートを決めるのを見て『すぐに来てほしい』と伝えました」

 ──ポテンシャルは十分に高かったのですね。

「得点感覚やゴール前に飛び込む感覚はズバぬけたものがあった。あれだけのバネとスピード、身体能力を備えた彼が入れば、日本一を取れるというイメージが湧いたので期待を寄せましたね」

 ──大きな変化を感じたのはいつですか?

「1年生だった2017年9月の総理大臣杯の決勝・明大戦で決勝ゴールを挙げた頃ですね。綺世がミドルシュートを決めてくれた。それも、普通の感覚なら、狙わないような距離からのフィニッシュでした。本当にエースらしい活躍ぶりでした」

 ──3年生だった19年6月には日本代表としてコパ・アメリカ(ブラジル)に参戦。直後の7月にはユニバーシアード(イタリア)で優勝します。

「コパ・アメリカに出発する直前、綺世が代表の公式スーツを着て法政の監督室にやってきた。『コパとユニバーシアードの後、前倒しで鹿島に行きたい』とストレートに告げられました。綺世の場合は、日本代表入りという事実もあり、大学側の理解も早かった。『卒業だけはさせる』という約束をして、鹿島入りできるように努めました」

「日本を上のステージへと導くのが綺世の仕事」

 ──22年カタールW杯の時には「何もできなかった」と挫折感を吐露していました。

「本人から『ベルギーからやり直します』とメッセージをくれました。すべて前向きに捉えて高みを目指し、23年夏のフェイエノールト移籍が転機となりました。ここでポジショニングを修正したり、相手の背負い方を工夫したり、格別にポストプレーがレベルアップしました」

 ──そのタスクは日本代表・森保監督から長年求められてきたことです。

「地道な努力を重ねて今は強い相手でもひるまなくなった。W杯初戦のオランダ戦からゴールを重ねて日本を上のステージへと導くのが綺世の仕事です。本番に向けてコンディションを上げ、最高の状態でW杯に入っていってほしいです」

(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト、絹見誠司/日刊ゲンダイ)

▽上田綺世(うえだ・あやせ) 1998年8月28日生まれ、27歳。茨城県水戸市出身。鹿島の下部組織から、鹿島学園高-法大。2019年に鹿島入り。ベルギーのサークル・ブルッヘを経て、23年夏にオランダの強豪フェイエノールトにステップアップ。25/26年シーズン得点王。19年5月に日本代表初選出。21年には東京五輪出場。翌22年のカタールW杯に参戦。25年10月のブラジル戦で逆転弾を決めて、王国戦の初勝利に貢献した。身長182センチ・体重76キロ。

▽長山一也(ながやま・かずや) 1982年4月1日生まれ、44歳。鹿児島出身。桜島中から山梨・帝京第三高に進んで法大卒業後にJFL北陸、Jリーグ富山でプレー。引退して富山で育成コーチ。2014年に法大サッカー部監督に就任した。23年から富山コーチ、松本山雅コーチを経て26年1月、東海リーグ1部「FC.ISE-SHIMA」トップチームの監督に就任した。