実話に基づくクライム・スリラー『デッドマンズ・ワイヤー』あんな嫌な金持ちになるなら正直な貧乏人として小さな幸せを大切に生きていこうと思えた
1989年に漫画家デビュー、その後、膠原病と闘いながら、作家・歌手・画家としても活動しているさかもと未明さんは、子どもの頃から大の映画好き。古今東西のさまざまな作品について、愛をこめて語りつくします!今回は『デッドマンズ・ワイヤー』(ガス・ヴァン・サント監督、7月17日から公開)です。(イラスト:筆者)
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実話に基づくクライム・スリラー
≪人質と自分の首をワイヤーとショットガンで固定し、63時間も籠城した男性の実話に基づくクライム・スリラー≫。
この煽り文句を見た私はちょい躊躇。「怖かったらやだー」。私は実は怖がりサンなのだ。
しかし…面白いではないか!! 見始めたら止まらない。主人公の誘拐犯・トニー・キリシスを演じるビル・スカルスガルドがいい男なのもポイント高い。私は彼のような「やせ型・面長・彫り深い」憂い顔が大好きなのだ。
このトニーが長い箱をもって大手の不動産会社を訪ねるところから、映画は始まるのだが、大きな製図図面を持ってきたようにも見えたのか。誰も不審がらずに受付を通ってしまうのが、いかにも50年前(1970年代)。
しかし、60~70年代といえば、いわゆるポップカルチャーが花咲いた時代。一般の人々がファッションや音楽を楽しみ、サイケデリックなファッションやロックンロールが街や若者文化を埋め尽くした時代である。
しかしトニーはそんな時代の恩恵を受けた風でない。ジョージ・ハリスンばりのハンサムなのに、浮かれた服装をするでもなく、のちの会話でわかるのだが結婚もせずに仕事だけをしてきた模様。キリシスというギリシャ風の名字から察するに、移民の家系のようだ。少なくともWASPではない。
アメリカン・ドリームの幻想
そんな彼がアメリカン・ドリームの幻想を抱いた。つまり「人は平等に生まれついており、誰もが幸福追求の権利と成功のチャンスがある」を信じて、その実現に人生を費やしたのだろう。何年も「犬みたいに働いてきた」挙句、金持ちにはめられ、借金まみれに。
人生投げうつ覚悟で不動産ローン会社(メリディアン・モーゲージ)に乗り込み、社長を拉致するつもりがカリブ海にバカンスだったもんで、出てきた息子を拉致。普通ならすぐに射殺もんですが、彼が撃たれて倒れれば、ワイヤーが引き金を自動的に弾いて、人質も死ぬ仕組みを作ったものだから警察も手を出せない。原始的だけど、よく考えた装置です。

イラスト提供:さかもと未明さん
結果、無名の市民の犯罪者のために、人気ラジオ番組が電話出演枠を作ったり、FBIが出てきたりと、全米を巻きこんでの大騒ぎに。
いわゆる「事件の劇場化」というのが行われたわけで、彼はプロデューサーを目指していたら成功していたんじゃないでしょうか。
映画を見進めるうち、彼の人生をかけた犯罪がやがて全米を、そして私たちの心をとらえていくのはみものです。だって彼は犯罪者なんですよ?いくら騙されても、復讐したり犯罪したりしないのが、近代以降の社会のルール。その掟破りをする彼に、不思議なのですが、いつの間にか肩入れしてしまうのです。
実際、事件当時もそういうムードがあり、彼を擁護する人、非難する人半々だったようですが、彼に共感する人は本当にたくさんいたのだろうと思う。なぜなら私たち自身も「犬みたいに」働いて、でも報われない人生を生きているから。それでも「十分幸せだったんだ」というトニーの言葉には、観ていて胸が熱くなります。対する不動産会社社長のいかにも金持ちらしく、いやらしいことったらなくて!! だから、私たちはいつの間にかトニーに肩入れしてしまうんでしょうね。「あんな嫌な金持ちになるんなら、正直な貧乏人として小さな幸せを大切に生きていこう」と思います。
当時のアメリカの一般市民の生活へといざなってくれる
労働で1日のほとんどが終わる彼にとって、唯一の楽しみが、地元ラジオ局のフレッド・テンプルのラジオ番組だったんでしょう。コールマン・ドミンゴの見事なDJと選曲が、私たちを当時のアメリカの一般市民の生活へといざなってくれるのも、この映画の醍醐味。

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この作品を監督したガス・ヴァン・サントは、青春期をカナダ国境近くのポートランドで過ごしたようですが、私は実はその町を訪ねたことがあります。遠くに見える山脈と森、湖しかないようなところ。『ツイン・ピークス』の舞台もそんな街でしたが、アメリカって、シカゴやニューヨーク、カリフォルニアみたいな大都市はごく一部で、ほとんどの土地はスーパーに行くのに車を30分も走らせないといけないような場所。
『バス停留所』の脇のカフェテリアで働くのがせいぜいで、女で美人なら農場主や農園主の妻になれれば御の字。男ならガソリン・スタンドで働いて、家と車を買って、妻と子どもをもてたら上々みたいな。男も女も、保守的な街で孤独に過ごし、わずかな楽しみをラジオやテレビに見つけて気が付けば年老いていく。『マディソン郡の橋』もそんな話でしたね。ドレスなんて買っても着ていく場所なんかない。それが当時のリアルなアメリカなんだと思います。
自由の国というけれど、ゴールド・ラッシュの裏には、土地を追われて滅んだインディアンがいたし、南部の繁栄を担ったのは奴隷制度。やがてエンターテイメントの世界で黒人の才能がもてはやされたけど、麻薬づけになったスターもいました。今では、インターネットで誰もが発信者になれると持ち上げられ、気が付けば私たちは1日中携帯やパソコンから離れられない中毒者になりました。自費で番組を作り続けても、広告収入を得られる人はごく一部。数年に一度は新型パソコンを買い替えねばならず、頑張るほどに金持ちの権力者にしてやられ続けるのが一般人。
この映画は、「そんな「成功」の夢に踊らされずに生きる方がいいのかも」と私に感じさせてくれました。トニーに誘拐された息子が、「助けてほしい」と父に電話をした時、父親は「あんた本当に親?」と言いたくなるような態度をとる。息子の命を心配するより、「弱者から巻き上げて何が悪い」という態度をとり続ける父親にはびっくり。息子は本当にさみしそうで、「お金持ちだから幸せってわけじゃない」と思わずにいられませんでした。さらにこのいや汁たっぷりな父親を演じたのがアル・パチーノと知り、二度びっくり!
結局「幸せって、お金じゃない」
50年前のアル・パチーノなら、絶対にトニー・キリシスの役です。『タクシー・ドライバー』『狼たちの午後』『セルピコ』『スカーフェイス』そして『ゴッドファーザー』。いつも社会の下層に生きる人々の苦しみ、痛み、怒りと小さな幸せを見事に代弁してくれた。
そんな彼が、本作では「実にいやらしい金持ち」の姿を演じてくれ、「こんな金持ちはやられちゃえばいい」という気分にさせてくれる。ネタバレになっちゃうからこれ以上言いませんが、この映画の最後は、私たちにまず爽快感をくれ、そしてその後の彼らの人生について深く考えさせられます。

イラスト提供:さかもと未明さん
結局「幸せって、お金じゃない」ことは確か。人と比べて、社会に認められるために躍起になるより、愛する人を見つけて、ささやかな思い出を共有することが大切なんじゃないかって。誰かを陥れたりせず、正直に生きられたらそれでいいんじゃないかって。
モノ、土地、お金なんかに縛られるより、もっともっと大切なものを探して、私たちは21世紀を生きるべきなんだと思います。勿論ただいい人なだけじゃやられちゃうから、戦う気概も大切だけど。こんな狭い地球の覇権や資源を取りっこして戦争するんじゃなく、「アメリカン・ドリーム」なんていう、金持ちに利用されるだけの「成功」に縛られるのはもうおしまい。私はそんな気持ちになりました。ああ、田舎町の森の中でも、ビル・スカルスガルドみたいな無骨なハンサムと愛を育んで暮らせたらロマンじゃないですか?いや、若い時にはそんな風に考えられず、ハリウッドに成功を求めて家出しちゃいそうですが(涙)。
