「時は来た」憲法改正に向けて動き出す高市首相 「緊急事態条項の創設」と「参院選挙区の合区解消」を優先し、9条改正は後回しにする“お試し改憲”の姿勢か
総選挙の圧勝により自民党単独での「衆院3分の2」を握った高市早苗・首相が、満を持して憲法改正に動き出したように見えるが、果たして本気なのだろうか。戦後日本では長く、自民党が「自主憲法制定」の党是をポーズだけに終わらせ、革新勢力はそれを前提に現実と乖離した護憲論を展開してきた歴史がある。そんな不毛な改憲論議を終わらせる覚悟が、この総理大臣にあるのかを問う――。【全4回の第1回】
「憲法改正」に向けた自維国による連立拡大の動き
「時は来た」――高市首相は自民党大会(4月)で憲法改正への決意を語り、改憲の具体的なスケジュールについてこう踏み込んだ。
「改正の発議にメドが立ったと言える状態で来年の党大会を迎えたい」
わずか1年で憲法改正案の国会発議まで持っていくというのだ。
だが、首相がいくら改憲を力説しても、国民には現実感が薄い。
自民党は70年前の結党以来、「現行憲法の自主的改正」を政綱(政治綱領)に掲げ、選挙のたびに憲法改正を公約に盛り込んでおり、国民は自民党政治家から耳にたこができるほど改憲という言葉を聞かされてきたからだ。
ところが、今回は政治の動きが急だ。
自民党は4月の衆院憲法審査会初会合で「論点が整理されたテーマから改正条文起草の検討作業に入りたい」(新藤義孝・与党筆頭幹事)と提案し、5月14日の同委員会に衆院法制局作成の憲法改正案に盛り込む「緊急事態条項」イメージ案を提出。国会で条文作成の議論が始まった。憲法改正原案の起草に取りかかるのは初めてだろう。
このイメージ案では、「緊急事態」を大規模災害や武力攻撃等と定義。発生時に国政選挙の延期や国会議員の任期延長、さらには内閣が法律と同等の効力を持つ「緊急政令」や「緊急財政処分」を可能とする条文案が盛り込まれ、条文案ごとに修正を議論するための論点が整理されている。
呼応するように、「憲法改正」に向けた連立拡大の動きも浮上した。
「政策的に同じ方向を向いている国民民主との連携はきわめて重要だ。連立を真剣に考えなければならない」
イメージ案の提出日に、自民党の松山政司・参院議員会長が国民民主党の連立入りに言及したのだ。
自民党は衆院では改憲発議に必要な3分の2を超える議席を持つが、参院では自民と日本維新の会を合わせても3分の2には46議席足りない。
「国民民主党は維新と共同で緊急事態条項の条文案をまとめており、9条改正にも前向き。麻生太郎・副総裁や萩生田光一・幹事長代行らが水面下で連立参加を打診している。高市首相は国民民主も連立に加え、自維国で改憲大連立を打ち出したいとの考え。3党を軸に参政党やみらい、日本保守党や保守系無所属の議員を加えると参院でも3分の2にメドが立つ」(自民党ベテラン議員)
維新の吉村洋文・代表は「内閣改造時に首相から閣内協力の要請があれば受けることになる」と言明しており、今国会後の内閣改造で維新が閣外協力から本格連立に入るのは既定路線と見られている。その吉村氏は、「単なる数合わせの連立拡大はやるべきではない。自民と維新の連立合意と同等のものが交わせるかどうかで判断すべきだ」とも語っている。自維国は「緊急事態条項」の憲法改正方針で一致しており、今国会後に改憲大連立が実現する可能性が出てきた。そうなれば高市首相が「1年後」に設定した改憲発議がにわかに現実味を帯びてきそうに思えるが、話はそう簡単ではない。
「お試し改憲」か「9条改憲」か
改憲の進め方には大きくふたつの方法がある。
ひとつは国論を二分しそうな憲法9条の改正をいきなり発議するのではなく、まず与野党の多くが賛成できるテーマに絞って改憲案を発議し、国民投票にかける。いわゆる「お試し改憲」方式だ。
国会で議論が始まった「緊急事態条項」はそうしたテーマのひとつ。
玉木雄一郎・国民民主党代表は、「あまりイデオロギーが入らずに、立法機能をいついかなる時も維持するという観点は与野党の合意が取りやすい分野だ」と緊急事態条項の発議を優先すべきとの立場だ。
緊急事態条項の定義については各党に温度差もある。参政党は、定義に「感染症のまん延」が含まれることで行動制限などが一方的に義務化される懸念を示しており、今後の議論次第では修正が入る可能性もある。
参院憲法審査会が議論している「参院選挙区の合区解消」【※注】もお試し改憲方式の有力テーマだ。
【※注/一票の格差是正のために統合された参院選の選挙区(「鳥取・島根」「徳島・高知」)を、改憲によって「各都道府県から最低1人は当選させる」形に戻し、地方の議席を確保しようとする議論】
これは自民党憲法改正実現本部最高顧問の麻生副総裁が積極的に推進しているとされ、国民民主党の玉木代表も「合区解消は民主主義の基盤整備のための憲法改正だ」と前向き。維新、参政党も賛成の立場だから超党派の合意を得やすいと見られている。
「日本国憲法は制定以来、一度も改正されたことがなく、国民には改憲そのものに抵抗が強い。いきなり9条改正を発議しても国民投票で否決される可能性が高い。そこで、まず国民の賛成を得やすい改憲案を発議して一度憲法改正を実現し、"憲法は改正できるんだ"と国民の意識転換を促す。9条改正はその先のテーマにしたほうが国民の理解を得やすいという考え方です」(政治ジャーナリスト・野上忠興氏)
これに対して9条改正を含めて発議する「いきなり9条改憲」論もある。
「自主憲法制定」を掲げて再登板した安倍晋三・元首相はその姿勢だった。
安倍氏は読売新聞のインタビュー(2017年5月3日付)で現行憲法9条1項の「戦争放棄」、同2項の「戦力の不保持」の条文はそのまま残し、そのうえで自衛隊違憲論を解消するために新たに条文を追加して「自衛隊」を明記する改正案(自衛隊明記案)を提案。2020年の施行を目指すとした。
これを受けて、自民党憲法改正推進本部(当時)は2018年に「自衛隊明記案」「緊急事態条項の創設」「参院の合区解消」「教育の充実」の4つを柱とする改憲方針をまとめ、現在の自民党の改憲議論のベースとなっている。
果たして高市首相は、どちらの方法を選ぶつもりだろうか。
産経新聞(5月3日付)のインタビューで次のように語っている。
〈自民党総裁としては4つのテーマの重要性に優劣はないと考えています。ですが、現実問題としてとても急ぐのは、再来年が参院選の年ですので合区解消は急がなければなりません。また、いつ発生するかわからない大規模災害やテロなどに備えて国が緊急事態に迅速な対応を取れるように緊急事態条項も急いでいます。(中略)全て重要なテーマですが、現実的に一つずつ一つずつ(議論を進める)ということになると、先ほど申し上げた2点については急がれると思っています〉
衆院で議論している「緊急事態条項」創設と参院が重視する「合区解消」の改憲を優先し、9条改正は後回しにする「お試し改憲」の姿勢に見える。
(第2回に続く)
※週刊ポスト2026年6月5・12日号
