郄橋藍(24歳)は、取材エリアで誰よりも長く丁寧に取材に時間を割く。値打ちがないように思える質問にも、言葉を尽くして答える。親しさの度合いはあっても、相手によって態度を変えることもない。

 彼はまるで流れる水だ。定まった形はなく、それでいて彼そのもので、ごく自然に形を変える。川を流れる水が、岩に割れてもしぶきを上げて再びまみえるように、実体は変わらない。

 わかりやすく言えば、生き方に力みがないのだ。だからこそ、絶え間なく変わる勝負の流れのなかでも先手を取れるし、正しく適応できる。緊張はしても楽しめるし、不安は少ない。暗い情念に引っ張られず、成功におごり高ぶらず、一本一本のプレーに集中できる。

「勝負の天才」
 
 郄橋はまさに、その鋭敏さで他の追随を許さない。


SVリーグチャンピオンシップ決勝で大阪ブルテオンに敗れ、下を向く郄橋藍(サントリーサンバーズ大阪) photo by Sunao Noto(a presto)

 SVリーグ開幕シーズンはそのスター性を証明した。ベストアウトサイドヒッター賞、ベストレシーブ賞、そしてチャンピオンシップMVPなど、個人タイトルを総なめ。何より、所属するサントリーサンバーズ大阪をSVリーグ初代王者に導いた。イタリア、セリエAから舞い戻った彼は、新時代を担うヒーローになった。

 今シーズンのSVリーグでも、郄橋は総得点数、スパイク決定率、サーブ効果率、レシーブ成功率など、数字を飛躍的に向上させた。肉体改造によって、わずかな脂肪も削ぎ落とした一方、筋量を増加させ、スピード、パワーをつけた効果だろう。チームのレギュラーシーズン1位の原動力になった。チャンピオンシップセミファイナルでも、ウルフドッグス名古屋の希望を砕く一撃を決めた。

「最後の1点を取りきるのが、エースの役割だと思っています。競っている場面で勝ちきることが勝負では必要だと思っています。優勝するためには、そこの強さを求められる。終盤で勝負強さを見せられるか」

 郄橋は少しの気負いもなく言う。勝負におけるストレスへの耐性が驚くほどに強い。ほぼ生来的な勝者だ。

 では、チャンピオンシップファイナルでは何が起こったのか?

【異変が起きた第2戦の第2セット】

 5月17日、横浜。大同生命SVリーグチャンピオンシップファイナルで、王者サントリーは大阪ブルテオンと戦い、連覇を逃している。第1戦はセットカウント3−1で幸先よく勝利したが、第2戦は2−3と逆転で落とした。そして第3戦は0−3と完敗だ。

 異変が起きたのは、第2戦の2セット目だった。サントリーは第1戦をものにし、第2戦の1セット目も25−13で奪うと、2セット目も15−11でリードしていた。彼らはそこからひっくり返されたのだ。

 その日、郄橋自身は1セット目から全開だった。自らのサーブで崩し、大砲ドミトリ―・ムセルスキーが決め、勝利パターンに持ち込んでいる。強烈なエースも決め、ブロックアウトを狙ったスパイクも見事だった。ブロックでは敵エースの西田有志のスパイクを封じた。自慢のレシーブ力でも、チームに勢いを与えていた。

 順風満帆、嵐の気配など少しもなかった。

 2セット目の序盤は相手の勢いに手を焼いたが、郄橋が天性の勝負の勘でギアを上げる。10−11とリードされる展開にも、ライトからブロックを弾くスパイクで同点に。自らのサーブが一度はアウトと判定されるが、チャレンジ成功でエースになった。天運を得たように再びサーブで崩し、なんと5連続得点だ。

――郄橋選手のサーブで10−11からの連続ブレイクで逆転し、15−11とリードしました。ただ、そこで「サントリーは強い」という感情が漂い、流れが変わって......?

 試合直後、筆者は郄橋に向け、そう質問を投げている。チームは2セット目を23−25と逆転されて落としていた。

「あの2セット目がもったいなかったな、って自分たちも思っています。あれを取っていたら、状況は変わっていました。取りきれなかったのは隙を作ってしまったからで......次は隙を見せずに取りきれるように準備します」

 郄橋は珍しく沈痛な表情を浮かべていた。次の流れは簡単に来ない。彼のような選手は、味方のパワーダウンと敵の勢いを肌で感じていたはずだ。

【「ポイントを逃してしまった」】

 ただ、郄橋は屈したわけではなかった。2セット目で逆転されたあとも芸術的なフォームのバックアタックで追いすがるなど、最後まで諦めていない。しかし、結局はこのセットを23−25で落とした。3セット目も多彩なスパイクを見せた。背面ショット、招き猫ショット、ブロックアウト......。荒れ狂う波のようだった西田のスパイクも、連続ブロックで止めた。流れを戻す最善策は相手エースを黙らせることだ。

――郄橋選手はブロックでも力をふり絞り、流れを変えるように奮闘していたように映りました。

 彼は手を後ろに組んだまま、真っ直ぐに目を見て言った。

「自分がブロックで貢献するシチュエーションは少ないんですけど、"ブロックポイントはチームを救う"という意識でした。何より西田選手もすごく(波に)乗っていたので、少しでも勢いを止めるためにもブロックで勝負しました」

 しかし、流れは変えられなかった。濁流のようになったブルテオンの猛攻を防げない。3セット目を22−25で落とすと、4セット目は25−20で奪い返したが、5セット目は9−15と力尽きた。

 第3戦、チームは完全に流れを失っていた。

「勢いを持ってくるポイントを逃してしまったことが、落としてしまった要因かなと思います」

 郄橋はそう言う。決着がついたあと、無数の感情を処理できなくなった彼は、コート上で涙を流していた。今シーズン限りでチームを退団する彼にとって、サントリーでの最後の試合だった。

「終わった瞬間はいろんな感情があって......負けて悔しい思いはあるし、このチームが終わってしまう寂しさもあって......ディマ(ムセルスキー)が最後のシーズンだったからこそ"勝って終わりたかった"という感情もあって。自分自身が、第3戦でチームを勝つ方向へ導くパフォーマンスを出しきれなくて......ファイナルは1点が勝負なので、それを取りきる選手になれるように......」

 試合後の会見に登壇した郄橋は、敗北を糧にすることを誓っていた。ひとつひとつの勝負を乗り越えていく姿こそ、極上の物語になる。流れる水はやがて広い海へ流れ出すのだ。