20年の時を経て輝きを増すミランダ(メリル・ストリープ)とアンディ(アン・ハサウェイ)。「全身ハイブランドで見てほしいわ!」(よしひろさん)

写真拡大

『プラダを着た悪魔2』が5月1日の全世界公開前に“燃えた”――。

 3月末より、アン・ハサウェイ、メリル・ストリープら主要キャストがメキシコ、東京、ソウル、上海、ニューヨーク、ロンドン等、世界各地を縦断する大々的なグローバルプロモーションを展開し、いよいよというタイミングで、である。【映画ジャーナリスト/よしひろまさみち】

【写真を見る】《野暮ったいアジア人》《名前が差別的》…眼鏡にひっつめ髪&早口で登場した新キャラ、ジン・チャオの描き方に批判が殺到

まさかの40秒で

 炎上の発端は、日本時間4月17日夜に公開された約40秒のクリップ映像……「ランウェイ」編集部で主人公アンディ(アン・ハサウェイ)に就いたアシスタント、新キャラクターのジン・チャオ(ヘレン・J・シェン)が登場し、どういう役柄か紹介した場面だった。だが、これを見た微博(ウェイボー)やX上のインフルエンサーたちが批判の声を上げたのだ。

20年の時を経て輝きを増すミランダ(メリル・ストリープ)とアンディ(アン・ハサウェイ)。「全身ハイブランドで見てほしいわ!」(よしひろさん)

 彼らの怒りの理由は「ジン・チャオの“地味で眼鏡で小柄”というルックスが、欧米におけるアジア人のステレオタイプ」「(イェール大卒の秀才という設定セリフをうけて)頭はいいが社交性に欠ける、古いアジア人イメージ」……ゆえに「人種差別的である」というものだった。

 果てには「ジン・チャオ(Jin Chao/秦舟)の発音が、中国系アジア人に対する蔑称「チン・チョン」「チン・チャン・チョン」(Ching Chong/Ching Chang Chong)に似ているという指摘もなされた。 これは語彙そのものに意味はなく、英語話者が北京語の発音を真似たもの。さすがに言いがかりだとは思うが、「C-word(アジア系への差別用語)を想起させる」といった投稿が、ほんの数時間の間に拡散していった。

 作品に対するボイコット運動を起こすSNSユーザーが現れたほか、ニュースサイトや新聞でこれを取り上げる動きも現れた。通常こうした炎上が起きると、“延焼”を防ぐために即座に公式が謝罪、もしくは声明を発表するものだが、4月28日現時点で20世紀スタジオ(と、その親会社であるウォルト・ディズニー・スタジオ)は沈黙を守ったままだ。これにはさまざまな理由がある。順を追って解説したい。

 Xの当該予告動画は、公開日までの2週間ほどで2,500万回を超える視聴がされた。日本でもこの炎上騒動は産経新聞に取り上げられ、その記事がYahooニュースにアップされると、世に知れ渡ることに。

 アジア系に対する差別を批判するのは正しいことだし、大いに批判すべき。しかも、その類の批判に対して、日本でも敏感な反応がみられるようになったのはいいことだとは思う。だがしかし、このタイミングでの批判は間違っている。

だれも見ていない本編

 というのも、クリップ映像公開のタイミングでは、批評家筋はおろかキャストも含め、本編の完成版を観ることができていなかったのだ。全世界的にお披露目となったのは、日本時間20日にNYで行われたワールドプレミアで、これ以降、ようやく関係者試写が数回行われている。つまり大前提として、クリップを批判しているのは、本編を観ていない者ということになる。切り取られた数十秒のクリップで差別表現が否かを判断できるのだろうか? この点に配慮した抑制的なコメントも一部確認できるのだが、なにせ大炎上なので、そうした声はほぼ無視されてしまっている。

 スタジオや製作陣、キャスト、公開前に本編を見た関係者が「沈黙」しなければいいと思うかもしれない。だがそこにも理由があって、彼らは「切り取られた印象へ発言することで、多くのファンから鑑賞の楽しみを奪うことは間違っている」と考えているのだ。(そもそもこういった大作では、情報解禁前に内容についての発信が固く禁じられている)。

 では、そもそもこのクリップのシーンはどういったシーンだったのかを、以下で説明したい。(ここから少々のネタバレがあるため、未見の方は要注意!)

以下、《ネタバレ注意!》

 本作のあらすじは、ランウェイ誌編集長ミランダ(メリル・ストリープ)のアシスタント職を去って20年、報道記者となったアンディが、窮地に陥ったミランダを救うため、ふたたび彼女の下に現れる……というものだ。そしてアンディのもとに現れたのがジン・チャオだ。

 元アシスタントであるアンディは、誰であろうと「自分にアシスタントが就くこと」には躊躇がある。そんな彼女をみたジンは、アンディが自分以外のアシスタントを欲しがっているのではないかと誤解する。

 そこで出てくるのが、"ステレオタイプ"と批判をまねくことになった超早口のジンのセリフ「イェール大でGPA(平均成績。3.0以上で上位3割といわれる)は3.86、ACTスコア(American College Testing。標準学力テスト。満点は36)は初回で36で……」だった。

 特集編集者のアシスタントに自分が最適だということを、桁外れに賢いことでアピールした「あえて」の表現なのだ。

 この、あえての空回り系キャラ・ジンは、「過剰に気を遣う」「SNS的なふるまい」をする現代的な若者像であり、アジア人ではなく「Z世代のデフォルメ」である……と米・エンタメ媒体「ハリウッド・レポーター」は分析。また、ファッションについては深い教養、興味をもっていることも作中で明かされており、「非常にクチュール的」とも評価している。

 映画をすべて見終わるころには、制作陣にアジア人差別の意識はなく、彼女がファッショナブルで努力家の女性であることがわかるはず。

風刺コメディ

 そもそもの話をしてしまえば、本シリーズは「風刺コメディ」であり、じつはどこを切り取っても批判されるだけのものがある。20年前の前作で例を挙げれば、ミランダのパワハラの数々、ファッション業界だけにあるおかしな常識、女性ファッションの業界なのに男性がトップを務める……などだ。

 前作でミランダがアンディを雇った理由について「いつも似たタイプを雇う。おしゃれで細いうちの雑誌の崇拝者。でも裏切られてきた(中略)だから太った賢い子を雇った」と語るシーンもそのひとつだ。前作の“モブ編集者”には、当時スーパーモデルとして大人気を博したジゼル・ブンチェンなどが起用されたことからも、「白人のモデル級でないと編集部では務まらない」ルッキズムを風刺しているわけだ。

 それから20年――。本作では、アジア系の小柄なジン以外にも、ミランダの第2アシスタントのチャーリー(ケイレブ・ヒーロン)は超ビッグサイズの男性だし、第1アシスタントのアマリ(シモーヌ・アシュリー)はインド系で、編集会議のシーンでも多人種、多様な体型の編集者たちが登場する。

 また、前作とは変わってしまった「時代」への風刺も非常に面白い。

 ミランダが自分で上着をクローゼットに収めるシーン。ここでは、以前は部下にやらせていたことが「コンプライアンス違反」であり、それを「人事から通告されていること」が説明される。また、彼女の価値観自体はアップデートされて知識はあるものの、口が悪いことは変わりないため、編集会議中にNGワードを連発し、若手編集者から指摘を受ける。

 前作でも風刺で笑い飛ばすポイントはたくさんあったが、そのポイントが変わり、世界観は同じく“現代的に”描かれていることに気づくはずだ。

 未見の人へのメッセージとして、本作のテーマは「メディアとファッション業界の変容。刹那な経済の動きに翻弄されない、ものづくりにこだわる人々への敬意」であることを付しておきたい。

取材・文/よしひろまさみち

デイリー新潮編集部