●『逃げ恥』の半年前に放送された隠れた名作
「ゴールデンウィーク期間中に一気見してほしいドラマ」というお題をもらい、真っ先に浮かんだのが、ちょうど10年前の2016年春に放送された『重版出来!』(TBS系、U-NEXTほかで配信中)。主演は今春『銀河の一票』(カンテレ・フジテレビ系)で主演を務める黒木華だが、当時はこれがドラマ初主演であり、まだ一般的な知名度は高くなかった。

脚本を手がけたのは、のちに『アンナチュラル』(TBS系、18年)、『MIU404』(TBS系、20年)、『海に眠るダイヤモンド』(TBS系、24年)、映画『ラストマイル』(24年)などのオリジナルでヒットを連発する野木亜希子。

さらに言えば『重版出来!』は脚本家・野木亜希子の名前が知れ渡ることになった『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、16年)のわずか半年前に放送されたことで、「隠れた名作」というポジションに留まっている。

しかし、『重版出来!』は「黒木華と野木亜希子の最高傑作」と言い切っていいほどさまざまな魅力が詰め込まれた作品だった。新年度がスタートし、ゴールデンウィークの休暇中の今だからこそ「“働くこと”“続けること”“頑張ること”を考える」という意味を込めて当作の見どころをドラマ解説者・木村隆志が掘り下げていく。

『重版出来!』の完成披露試写会に登壇した安田顕、坂口健太郎、黒木華、オダギリジョー、松重豊(左から)=2016年4月5日

○異なる人物の目線から描かれた物語

タイトルの「重版出来」とは出版物が増刷されることで、これを繰り返すほど出版社の収益が上がっていく状態を指す。そんなタイトルを見れば、「よくある出版業界モノ」と思われがちだが、誰もが自分の仕事に置き換えて感情移入できるような脚本・演出が徹底されていた。

最大の魅力は出版関係者をめぐる群像劇であり、主人公は漫画誌『週刊バイブス』の新人編集者・黒沢心(黒木華)だが、各話が異なる人物の目線から描かれている。

第1話が柔道一筋で元五輪代表候補だった新人編集者・心。第2話が希望部署に配属されず覇気のない営業部の若手社員・小泉純(坂口健太郎)。第3話が漫画に救われ、漫画への愛にあふれる編集者・壬生平太(荒川良々)。第4話がデビューを目指して揺れる女性漫画家・東江絹(高月彩良)。第5話が本への情熱を秘めた苦労人の社長・久慈勝(高田純次)。

第6話が数字重視の冷淡なスタンスだが、知られざる思いを抱えるベテラン編集者・安井昇(安田顕)。第7話が漫画家志望だが長年アシスタントから抜け出せずにいる沼田渡(ムロツヨシ)。第8話が作家を大切にしながらライバル誌打倒に燃える編集長・和田靖樹(松重豊)。第9話が心の指導係でクールながら包容力のある副編集長・五百旗頭敬(オダギリジョー)。第10話が再び心の順で、それぞれの仕事に向かう姿が描かれた。

これ以外でも営業部長の岡英二(生瀬勝久)、書店員の河舞子(濱田マリ)らが登場。さらに漫画家も多数登場し、ベテランの三蔵山龍(小日向文世)、新進気鋭の売れっ子・高畑一寸(滝藤賢一)、業界きってのイケメンながらスランプの成田メロンヌ(要潤)、画力が課題も天性の才能を見せる新人・中田伯(永山絢斗)らも見せ場たっぷりだった。

●「どのように働くか」をとことん追求
出版社が舞台のドラマは編集部ばかりクローズアップされがちだが、当作は営業部、書店、漫画家、アシスタント、デザイナー、ライバル社、アマチュアなど、さまざまな立場で働く人々をくまなくピックアップ。「ビジネスは多くの人々によって成立している」ことを認識させるとともに、働くことの楽しさと難しさを感じさせた。

いわゆる“お仕事ドラマ”は登場人物のキャラクターをベースに協調や対立を見せてエンタメ性を高めるものが多いが、当作はキャラクターよりも「どのように働くか」という姿勢を重視。ネタバレを避けるべく詳細は控えるが、それぞれの仕事に向けた熱い思いがあふれ、毎話のように泣かせられる。

さらにその熱さは日曜劇場のような真っ赤に燃え盛る炎ではなく、心の奥からにじみ出るような青白い炎を感じさせた。「視聴者に“働く”ということを考えさせる」という意味ではこれぞ本物のお仕事ドラマと言っていいのかもしれない。

主演の黒木は「何でも柔道に置き換えて考え、ひたすらまっすぐに突き進む」というスポ根型のヒロインを好演。まっすぐな主人公だからこそ、彼女の視線が周囲で働く人々を映し出すテレビカメラのようになっていた。

『重版出来!』が放送された2016年の春ドラマには、朝ドラを終えたばかりの波瑠と土屋太鳳を筆頭に松下奈緒、中谷美紀、石田ゆり子、栗山千明、榮倉奈々ら、高い知名度と美ぼうを持つ主演級女優が集結。その中で黒木は明らかに演技力重視のキャスティングだったが、期待に応えて誰よりも生き生きとしたヒロインを演じ切った。

知名度や美ぼうに頼らないキャスティングだったからこそもたらされたのは、日常のリアルと親近感。視聴者が自分に置き換えて心に共感し、応援したくなるという心理状態が生み出されていた。

○多くの著名漫画家に作画をオーダー

スタッフの仕事に目を向けると、野木亜希子の脚本、土井裕泰、福田亮介、塚原あゆ子の演出が光っていたのはもちろんだが、特筆すべきは劇中の漫画を著名な漫画家にオーダーしたこと。

『重版出来!』の原作者・松田奈緒子を筆頭に、『機動警察パトレイバー』などのゆうきまさみ、『帯をギュッとね!』などの河合克敏、『アフロ田中』シリーズなどののりつけ雅春、『ナマケモノが見てた』シリーズなどの村上たかし、『笑ゥせぇるすまん』などの藤子不二雄(A)、『あなたのことはそれほど』などのいくえみ綾ら著名漫画家が名を連ねた。

お仕事ドラマは多いが、『重版出来!』ほど“労働賛歌”というムードの作品は見当たらず、キャスト・スタッフの両方から「しっかり丁寧に」「とことん熱く」というプロフェッショナルの仕事を感じさせられる。

「一生懸命ってカッコイイ」「私も仕事、頑張ってみよう」と思わせるという意味で、ゴールデンウィークのような長期休暇中の視聴に最適なドラマと言っていいのではないか。

日本では地上波だけで季節ごとに約40作、衛星波や配信を含めると年間200作前後のドラマが制作されている。それだけに「あまり見られていないけど面白い」という作品は多い。また、動画配信サービスの発達で増え続けるアーカイブを見るハードルは下がっている。「令和の今ならこんな見方ができる」「現在の季節や世相にフィットする」というおすすめの過去作をドラマ解説者・木村隆志が随時紹介していく。

木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら

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