働かない35歳息子に「仕送り総額約3,000万円」…資産2億円・68歳富裕層の憂い。現実を直視したきっかけは、息子が決めた「150万円の使い道」【FPの助言】
資産2億円、年間家賃収入3,000万円--一見すれば何不自由ない老後を送る富裕層にも、「人には話せない悩み」があります。10年近く定職に就かず、親の所有する不動産に住み続ける息子。披露宴の席での出来事から父親が直面することになった、“先送りにしてはいけない現実”とは? 「お金を残すこと」の本当の意味について、FPの三原由紀氏が解説します。
資産2億円、人も羨む68歳富裕層の「人に話せない悩み」
「私は、すべてを持っているように思われているかもしれません。でもね――」
小さな声で語り始めたのは、都内で不動産賃貸業を営む山田一郎さん(仮名・68歳)です。駅前に小規模ビルと賃貸マンションを複数所有し、年間の家賃収入は約3,000万円。金融資産も2億円ほどあり、老後の生活に困ることはありません。
現役時代は長く会社員として勤め、公的年金は夫婦合わせて月25万円ほど。資産家として地元でも名の知れた存在です。
一見、何の問題もない暮らし。しかし山田さんには、人に話せない悩みがあります。
「このことはあまり人には話していません。聞かれても、曖昧に答えることが多いですね」
長男の健太さん(35歳)のことです。
健太さんは大学卒業後、一度は就職したものの3年ほどで退職。「やりたいことがわからない」と言ったまま、気づけば10年近くが経っています。
アルバイトは長くは続かず、収入はあっても月に数万円程度。生活の多くは親である山田さんに頼っており、毎月20万円の仕送りをしている状況です。
マンション管理の手伝いを期待するも「ただ住んでいるだけ」の状態に
健太さんが暮らしているのは、山田さんが所有する賃貸マンションの一室。自宅から距離のある物件をあえて選んだのには、理由があります。
「管理を少しでも手伝ってもらえればと思ったんです。ゴミ置き場の確認や共用部分を見るくらいなら、あの子でもできるのではないかと」
そうした期待を込めて住まわせたのが始まりでした。
「……あの場所であれば、知り合いに見かけられることもありませんし」
そう言いかけて、山田さんは少し言葉を濁しました。距離を置いたことで、深く関わらずに済んでいたのかもしれません。
しかし現実には、管理を任せられる状態にはならず、ただ住み続けているだけの状況に。もちろん家賃も受け取っていません。
山田さんは、健太さんには自由に育ってほしいと考えてきたといいます。
「私たちの若い頃は、理不尽な叱責や長時間労働が当たり前でした。だからこそ、子どもには同じ経験をさせたくなかった。働き方も生き方も人それぞれ――『こうしなさい』と言い切ることに、ためらいがあるんです」
気づけば、強く言えない関係が出来上がっていました。
150万円がLINEで消えた日――「背筋が冷たくなりました」
転機となったのは、ある出来事でした。
健太さんが小中高時代の友人の結婚披露宴に出席した際、旧友の一人が「起業する」と話し始めました。宴の翌日にはLINEグループが立ち上がり、「みんなで出資しよう」という流れに。
「みんな少しずつ出すみたいだから、自分も少し出資してみるよ」
そう聞いていた山田さんも、そのときは深く気にしていませんでした。せいぜい数万円、起業のお祝い金程度だろうと思っていたからです。
しかし後になってわかったのは、まとまった金額――約150万円を出資していたのは、健太さんだけだったという事実でした。
「金額を聞いたとき、正直、背筋が冷たくなりました」
それ以上に驚いたのは、その意思決定の軽さでした。事業の詳しい説明を聞いたり、契約書を取り交わしたりすることもなく、LINEのやり取りだけで150万円を送金していたといいます。
「小学校からの仲間だし、それで十分でしょ」と言う健太さんに、山田さんは言葉を失いました。
その150万円は、健太さんが自分で稼いだお金ではなく、山田さんが生活費として渡してきた中から出したものでした。結局、友人の事業はうまくいかず、資金は戻ってきていません。
「うちにお金がなければ、この子の生き方は違ったのでは」
山田さんの中に不安がなかったわけではありません。アルバイトが長く続かない状況を見ながら、「このままで大丈夫なのだろうか」という思いは、以前から心のどこかにありました。
ただ、生活は成り立っている。表立った問題も起きていない。そう自分に言い聞かせることで、深く考えないようにしていた面もあったといいます。
しかし、この出来事をきっかけに、その不安を見過ごすことができなくなりました。
「いずれ、まとまったお金や資産を引き継いだときに、この子は守っていけるのだろうか」
自分たちがいなくなった後、数千万円、あるいは不動産という形で資産を手にしたとき、同じような判断をしてしまうのではないか――。
そして、もう一つ。
「もし、うちにこれだけの資産がなかったら、この子は、もう少し違う生き方をしていたのではないかと思うことがあるんです」
親から子への支援の実態
実は、こうした悩みを抱える家庭は、山田さんだけではありません。資産がある家庭ほど、「当面は困らない」ことがかえって問題を見えにくくし、対策が後回しになりやすいという指摘もあります。
PGF生命の「『おとなの親子』の生活調査2025年」(70歳以上の親がいる40〜69歳対象)によれば、親から生活費の支援を受けたことがある人の平均支援額は138.8万円。山田さんの場合、仕送り月20万円だけで約13年、総額にすると約3,000万円にのぼります。「平均的な支援」とは、もはや別次元の話です。
また、健太さんはアルバイトをし、社会との接点もありますが、親が高齢になっても子どもの生活を支え続ける」という構図そのものは、いわゆる「8050問題」とも共通しています。
FPが示した「お金の問題ではない」という視点
山田さんは、知人の紹介でファイナンシャルプランナーの田中さん(仮名)に相談しました。
資産状況・収入・健太さんへの支援の実態など、一通りを聞き終えた田中FPは、こう切り出しました。
「これはお金の問題というより、財産を守る力と判断力の問題です」
不動産を含む資産には、固定資産税・修繕費・管理委託費といった維持コストが毎年発生します。山田さんの規模であれば、それだけで年間数百万円規模になることも珍しくありません。
「相続後にその判断を健太さんが一人で担うことになったとき、適切に管理できるかどうか。そこが、最も大きなリスクです」
では、どうすればいいのかと尋ねる山田さんに対策として提示されたのが、民事信託(家族信託)でした。
「対策にはいくつかの方法があります。遺言書で財産の配分を決めておくこともできますが、一括で渡す形になります。段階的に渡す設計まで組み込みたいなら、民事信託(家族信託)が特に有効です」
田中FPはこう続けます。
「民事信託は、自分の財産を、信頼できる家族に管理・運用・処分を任せる仕組みです。山田さんご自身が委託者となり、たとえば奥さまや信頼できる親族を受託者として設定する。健太さんは財産から生活の利益を受け取る受益者という立場に置きます。こうすることで、山田さん夫妻が亡くなった後も、財産が健太さんの手に一括で渡るのではなく、受託者が管理しながら生活費として段階的に渡す設計ができます」
「一度に渡さない、ということですか」
「そうです。仕組みで解決するのが民事信託の発想です。ただし、民事信託は契約と同時に効力が発生します。元気なうちに、どのタイミングで・誰に・どう管理を移すかを専門家と丁寧に設計しておくことが前提です。認知症になってからでは、その契約自体ができなくなります」
「もう一点だけ」と田中FPは続けました。
「健太さんには、今この瞬間から小さな判断を積み重ねる機会を作ることが大切です。管理の実務を少しずつ任せてみる。結果を一緒に振り返る。仕組みを整えながら、同時に本人の力も少しずつ育てていく。その両輪が必要です」
大切に育てた資産を子ども世代に引き継ぐために
資産があることは安心につながるはずです。しかし、その余裕があるからこそ、問題が先送りされてしまうケースもあります。
誰に、どう引き継ぐのか。そして、受け取る側にそれを扱う力があるのか。そこまで考えてはじめて、資産は「守られるもの」になります。
帰り道、山田さんは久しぶりに健太さんに電話をかけようと思いました。これまで避けてきた話に、少し踏み込んでみよう――そんな気持ちが芽生えていたのです。
「この先の話を、一度ちゃんとしてみようか……」
三原 由紀
プレ定年専門FP®
