第一線の学芸員14人が選ぶ、2026年に「必ず行きたい」美術展は? 「ピカソとポール・スミスのかけ合い」「可愛くてゆるい不思議な蘆雪ワールド」
第一線で活躍する学芸員が注目する美術展とは--14人が今年のおすすめと昨年のベストを選んだ。この中から、一部を抜粋掲載します。
【画像】ちいさな美術館の学芸員が今注目している展覧会は、府中市美術館で5月10日まで開催されている「長沢蘆雪」展
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達人×達人のかけ合いをたっぷりと味わう
[選定者]蔵屋美香(くらや・みか):横浜美術館館長。東京国立近代美術館企画課長を経て、2020年より現職。東京国立近代美術館では、「ぬぐ絵画 日本のヌード 1880-1945」(2011年)、「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」(2017年)などを企画。著書に『もっと知りたい岸田劉生』など。
[2026年のおすすめ展覧会] 「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」展(国立新美術館) 2026年6月10日〜9月21日

蔵屋美香氏 ⒸHajime Kato
さあ新年度。これからどんな展覧会が見られるのかな、とワクワクします。
個人的に楽しみなのは、「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」です。ピカソの名前は知っているけれど、ややこしくて見方がわからない、という方も多いはず。この展覧会では、イギリスの著名なファッションデザイナー、ポール・スミスが、ピカソの作品に合わせてカラフルな壁紙をデザインします。壁紙が絶妙なヒントとなって、あ、ピカソはこんなことを考えてこの色の組み合わせを選んだのかな、と、新しい鑑賞の手がかりが得られます。達人×達人のかけ合いをたっぷりと味わえそうですね。
こうした大規模な国際巡回展もすばらしい一方で、低予算でも心に響く展示があります。わたしが2025年にもっとも記憶に残ったのも、そんな企画のひとつ。これからしばらく工事休館となる原爆の図丸木美術館(埼玉)で開催された、「望月桂 自由を扶くひと」です。望月は、戦前に活躍したプロレタリア美術の画家です。しかし、一膳飯屋を営んだり、漫画雑誌を出したりと、その活動は美術の枠を超えて縦横無尽。戦後は地元で静かに生きた作家の多彩な活動を、研究者やアーティストが集まって一つひとつ掘り起こしました。
最後にもうひとつ。期間限定の華やかな展覧会に目が行きがちですが、その館ならではの所蔵作品を見に行くのもおすすめです。たとえば青森県立美術館には奈良美智のコーナーが、岩手県立美術館には萬鐵五郎や松本竣介、舟越保武のコーナーが、それぞれ常設されています。好きな作家の作品がいつもそこにある。だから会いに行く。そんな美術館が人生にあるって、すてきだと思いませんか。
エキセントリックなのに可愛くてゆるい
[選定者]ちいさな美術館の学芸員:都内のとある美術館の学芸員を経て現在は複数の大学で教鞭を執っている。美術館の楽しみ方をnoteで連載。著書に『学芸員しか知らない 美術館が楽しくなる話』、『忙しい人のための美術館の歩き方』など。今年新刊2冊の刊行を予定。
[2025年のベスト]「記録をひらく 記憶をつむぐ」展(東京国立近代美術館) 2025年7月15日〜10月26日
[2026年のおすすめ展覧会]「春の江戸絵画まつり 長沢蘆雪」展(府中市美術館) 2026年3月14日〜5月10日
昨年東京国立近代美術館で行われた「記録をひらく 記憶をつむぐ」展は、タイトルだけではパッとわからないのですが日中戦争・太平洋戦争をテーマにした展覧会でした。
大々的な広報をせず図録も作らないという珍しいやり方でしたが、口コミで話題が広がり会期終盤に私が訪れた時には会場はかなりのにぎわいを見せていました。展示の中心は、戦時下において陸海軍からの依頼を受けて画家たちが描いた戦争記録画で、当然凄惨な絵もありましたが、むしろ私の印象に残ったのは心を高揚させる絵の方でした。雲海を駆ける戦闘機の格好良さ、青空に花のように舞うパラシュートの幻想的な美しさ。悲惨な戦場すらも見る人の眼を喜ばせるように表現できる美術の力と怖さを同時に実感する貴重な機会となりました。作品を通して鑑賞者一人一人に考えることをうながす、とても誠実な展覧会でした。
さて、今年注目している展覧会としては、本誌刊行時点ですでに開催中の府中市美術館の「長沢蘆雪」展があります。
都内の公立美術館の中で、府中市美術館は板橋区立美術館と並んで、江戸絵画の魅力を草の根的に広めてきた美術館だと私は思っています。そんな府中市美術館が満を持して、江戸絵画の中でも奇想の画家として知られる長沢蘆雪の単独展をするのですからこれは期待大です。非常に個人的な話ですが、十数年前に蘆雪の代表作《龍虎図襖》を見るために和歌山の無量寺まで泊まりがけで行ったことがあります。しかし、その日はあいにくの大雨でお寺に着くと湿度が高い日は文化財保護のため公開していないと言われ、作品を見る事が叶わなかったのです。その因縁の襖絵も今回東京までやってくるというので、これはもう見に行くしかありません。エキセントリックなのに可愛くてゆるい不思議な蘆雪ワールドをぜひ一緒に楽しみましょう。
※約1万5000字の全文では、総勢14名の学芸員がそれぞれ選定した美術展が紹介されています。全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年5月号に掲載されています。
◆学芸員が必ず行きたい2026年美術展〈大アンケート〉
蔵屋美香|横浜美術館館長
ちいさな美術館の学芸員
加藤祥平|徳川美術館学芸員
千葉真智子|豊田市美術館学芸員
児島大輔|東京国立博物館保存修復室長
保坂健二朗|滋賀県立美術館ディレクター(館長)
田坂博子|東京都写真美術館学芸員
藪前知子|キュレーター・東京都現代美術館学芸員
稲庭彩和子|独立行政法人国立美術館 国立アートリサーチセンター 主任研究員
吉田恵理|静嘉堂文庫美術館学芸員
木下直之|静岡県立美術館館長
町村悠香|町田市立国際版画美術館学芸員
金子信久|府中市美術館学芸員
成相肇|東京国立近代美術館主任研究員
(蔵屋 美香,ちいさな美術館の学芸員/文藝春秋 2026年5月号)
