「私の人生、終わった…」14歳で突然倒れ、顔面麻痺を患った女性が結婚・出産、モデルの夢に挑戦するまで「人生の主人公は自分」――仰天ニュース特報
中学の頃の私は「元気もの」って呼ばれてたくらい、声が大きくてテンション高めのキャラだったんです。でも高校では真逆で、大人しいグループに身を置くようになりました。
放課後に遊びに行ったり、みんなとふざけあったり、そういう元気なグループにはもう戻れない。こんなの私じゃないって、高校1年のときはずっと悩んでいました。
――その後、気持ちに変化はありましたか?
高2でクラス替えがあって、派手なグループではなかったけど、そこにいた子たちは自然に接してくれたんです。気を使いすぎず、ちゃんとツッコミも入れてくれて。平等に扱ってくれるのが、ありがたかった。
でも、友達のおばさんにメイクを教えてもらったり、「どうしたらアイラインが引きやすいか」って工夫したりして、なんとかかわいくなるように工夫し続けました。
――メイクは、かなり上達されたのですね。
昔は「人よりできないことが多い=人より下」って思い込んでたから、外見だけでも追いつきたかったんです。髪型もダイエットも、同世代の子たちに負けたくない一心で、やっていました。
でも、今の私を否定しない友だちとの出会いや、自分らしい装いができるようになってからは、人と比べなくなっていきました。
――病気になる前から、自分らしく「装う」ことにこだわりはあったのですか。
小学校の頃からオシャレが好きで、モデルになりたかったくらいなので。昔からメイクしたり、服を選んだりすることを「面倒くさい」と思ったことはありません。それは病気になってからも同じ。どうすればかわいく見えるか、ずっと考えていました。
たとえば、よく左目に貼っているラップのことについて聞かれます。これは顔面麻痺で瞬きが出来ないので、乾燥を防ぐため保護しているんです。もうラップは体の一部なので、右目をどうアイメイクすればかわいく見えるか?ということについては、日々試行錯誤しています。
今では、TikTokのライバー事務所に所属させてもらっていて、ランウェイや雑誌掲載をかけた配信イベントがあり、チャンスをつかむために配信しています。他にも「モデルになりたい障がい者ママ」として動画を投稿しています。
◆障がい者になってから「はじめて連絡先を聞かれた」
――大学では恋愛もされたのでしょうか?
大学1年生の頃、中学時代の同級生で現在の夫・ひーくんとたまたま遭遇しました。でも、再会した時は「うわ、見られた!元気だった頃と比べられちゃう!」とマイナスな印象しか抱かなかった(笑)。
私は中学3年生で障がいを発症したから、同じ中学の子たちは、元気な私しか知らない。その子たちに、今の私を見られたくなかったんです。
でも後日、共通の友人から「ひーくんが連絡先教えてって言ってるよ」って。障がいを持ってから連絡先を聞かれたのは初めてだったので、嬉しかったです。
――“ひーくん”はどんな方ですか。
とにかく“察する力”がある人。私は焼き鳥が大好物なんだけど、麻痺があるから、焼き鳥の串に残った最後のひとつが食べられない。彼は何も言わずに、串から全部外してくれておいてくれます。
お店でも先にドアを開けて押さえておいてくれたり、自然に先回りして動いてくれるんです。今までは私から「これをやってくれる?」とお願いすることが多かったから、そんな人は初めてでした。
そして、付き合うことになって、すぐに子どもができたんです。
――22歳で妊娠されて、23歳で双子の女の子をご出産されていますね。
