『あんぱん』写真提供=NHK

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 NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あんぱん』は、『アンパンマン』の作者として知られるやなせたかしの妻・小松暢をモデルとした朝田のぶ(今田美桜)の物語だ。

参考:『あんぱん』は今田美桜の集大成だ 『3年A組』『おかえりモネ』で築き上げた確かな表現力

 第8週に入り、時代は1939(昭和14)年に。のぶが尋常小学校の教師となって1年半が過ぎた頃、彼女にお見合いの話が持ち込まれる。

 相手は一等機関士の若松次郎(中島歩)。次郎の父は船の機関長で、亡くなったのぶの父・結太郎(加瀬亮)と親しかった。その縁で2人はお見合いすることとなり、次郎の優しい人柄にのぶは惹かれていく。

 朝ドラにとって結婚は大きなイベントで、その描き方に作品の価値観が強く表れると言っても過言ではない。

 大きく分類すると朝ドラは、戦前~戦中~戦後(昭和初頭)を舞台にした作品と、それ以降の現代(昭和末~令和)を描いた作品に分かれ、過去に遡るほどお見合い結婚が多くなり、現代に近づくほど恋愛結婚が増えていく。

 これは当時の時代背景を考えれば必然で、女性は学校を卒業するとお見合い結婚をすることが当たり前だった。そのため、家と家の繋がりが優先され、女性の意思がないがしろにされることも少なくなかった。そんな家のしがらみに苦しめられたのが『あんぱん』と同じ中園ミホ脚本の朝ドラ『花子とアン』(2014年度前期)に登場した葉山蓮子(仲間由紀恵)だ。彼女は葉山伯爵と芸者の間に生まれた愛人の子で、14歳のときに結婚するが結婚生活に耐えかねて実家に戻り、24歳のときに女学校に編入するが、卒業後に兄が強引に進めた縁談で九州の石炭王・嘉納伝助(吉田鋼太郎)の元に嫁ぐこととなる。そして伝助との息苦しい生活から逃げるように、社会主義運動と演劇にのめり込む帝大生の青年・宮本龍一(中島歩)との恋愛にのめり込んでいく。理不尽な結婚に苦しめられる蓮子の姿はとても印象的で、主人公の花子(吉高由里子)の物語よりも作者の筆が乗っていたように当時は感じた。

 蓮子ほど極端でないにせよ、戦前のお見合い結婚は家と家の繋がりを強めるためのものとして朝ドラでは描かれ、女性の意思が介入する余地は少なかった。

 そんな家父長制度の理不尽さを真正面から描いた朝ドラが『虎に翼』(2024年度前期)だった。

 ヒロインの寅子(伊藤沙莉)は学校卒業後にお見合い結婚をすることに違和感を抱き、やがて日本初の女性弁護士となるのだが、いざ弁護士として仕事を始めようとしても未婚の婦人という社会的立場ゆえに依頼人からの信頼が得られない。

 そのため、お見合いを再開し、最終的に実家に下宿する書生だった佐田優三(仲野太賀)と結婚する。自分の目的のために結婚する寅子の姿は、優三を道具のように扱っているようでグロテスクに見えた。結果的に優三が寅子に恋愛感情を持っていて、夫婦関係が良好だったため美談となったが、結婚制度が隠し持つ権力構造を露呈させた見事な描写だったと言える。

 一方、現代を舞台にした朝ドラで自由恋愛による結婚を描ききったのが『ちゅらさん』(2001年前期)だ。

 主人公のえりぃ(国仲涼子)は、恋愛衝動で行動するヒロインで、再会した初恋の人・上村文也(小橋賢児)と結婚する姿が劇中で描かれた。

 初恋の成就をファンタジーとして描いたコメディテイストの作品だったが、えりぃが文也との恋愛関係を「運命」だと繰り返し語るため、宗教的な「運命論」のようなものが作品の根幹にあったのが、今振り返ると興味深い。

 現代を舞台にした朝ドラの結婚相手は幼なじみ、同級生、仕事仲間がほとんどで、作品の根底には偶然の出会いを神聖視する運命論がある。逆にマッチングアプリのようなサービスを通して出会い結婚したというケースは描かれない。おそらくそういった婚活サービスは朝ドラで描かれる運命論的な恋愛とは相性が悪いのだろう。

 一方、近年興味深く感じるのは、アニメ映画『この世界の片隅に』や連続ドラマ『波うららかに、めおと日和』(フジテレビ系)のような、見ず知らずの相手とお見合い結婚をする戦前の物語が支持されていることだ。

 どちらも朝ドラ的な物語と言われているが、結婚から始まる夫婦生活がとても魅力的に描かれている。この2作を観ていると自由恋愛による結婚こそが現代的で素晴らしいという価値観自体が揺らいでいるように感じる。

 その意味でも、『あんぱん』がのぶと二郎の夫婦関係をどのように描くのかは、とても気になるところだ。二郎は優しい性格で、「戦争が終わったら何がしたい?」と問いかけることで、のぶに今後の道を示そうとしているようにも見える。

 のぶは戦前の愛国思想にどんどん染まっていくのだが、現代から見れば間違った考えだったとしても、その時代を生きた人々にとっては当たり前だったことを誠実に描こうとしているように見える。それはお見合い結婚も同様で、戦前の日本の空気をただやみくもに否定するのではなく、新しい切り口で描けるかどうかが、今後の見どころとなっていくのではないかと思う。(文=成馬零一)