それでも友人と過ごすのは楽しかったですね。忖度なく付き合える友人の存在はありがたかったです。

 大学は医学部に入りましたが、それでも、悶々としていました。そこで5年時に1年間、米国に留学しました。自分を見つめて、殻を破りたいという思いで日本を飛び出したんです。

 ─ 留学で自分の気持ちの変化は?

 柴原 80年代後半のカリフォルニア大学バークレー校には、様々な事情で国を追われ、身一つで米国に逃れてきたアジア系の移民2世が数多くいました。身を立てようと死に物狂いで勉強している彼らを見て、甘えている自分が恥ずかしくなったんです。

 ─ 留学で気づきが多かったと。加藤さんはどういう思いで過ごしていましたか。

 加藤 私は周りに前向きな仲間が多く、受験でも学校のイベントでも、その雰囲気に乗せられていた部分がありました。いいことも悪いこともある人生の中で、やらなければいけないことに対して前向きに取り組む姿勢が身についた6年間だったと思っています。

 ─ 高岡さんは家が事業を営んでいて、それを引き継いだ上で自分で新たに事業を起こしたという足取りですね。東海で培ったものは生きていますか。

 高岡 ええ。私の父は社員を300~400人抱える企業を経営していましたから、それを継がずに医師になるという選択肢はない、という気持ちで中学、高校時代を過ごしていました。

 今日、皆さんとお話をしていて、東海の仕組みは海外の「ボーディングスクール」に近いのではないかと。つまり学業と同時に、人格形成のための体験を重視する学校だということです。

 仏教という軸の下で勉強、生活のしつけを教えられるわけです。部屋に入る時には礼をするわけですが、なぜするかではなく礼をする。今の日本には、こうした絶対的なしつけのようなものが少ないですよね。一方、海外の著名な起業家にはボーディングスクール出身者も多く、企業のパフォーマンスもいい。

 東海出身者も、医療の世界、あるいはビジネスの世界で日本のリーダーになるような人達も出てきている。ただ、どこかで会うと6年間の濃密な生活を経験した「香り」を共有している。これは財産だと感じます。

 ─ 何か学生時代の失敗談などは?

 廣田 大した話ではありませんが、我々の時代は例えば窓ガラスを割った、宿題を忘れたなど悪いことをすると坊主刈りにさせられました。クラスの半分くらいが坊主の経験があります(笑)。今の時代だと難しいのかもしれませんが、非常にあっけらかんとした雰囲気で、失敗も笑いに変えるような感じでした。

 ─ 今の東海学園生と接する機会はあるんですか。

 加藤 今年の1月に私がOB会で講演をした際、高校の先生も来られていて、私が話をした名古屋のスタートアップの話に興味を持たれたんです。そこで、当行のスタートアップ担当常務が東海高校で講演会を行いました。終わってから話を聞くと、「今のうちから実践できる起業への準備、勉強はあるか」や「起業のリスクと成功する上で大事なことは何か」など質問のレベルが高く、非常に驚かされたということがありました。医師を目指す生徒は多いわけですが、起業への関心も非常に強いですね。

 高岡 学園祭も盛り上がっているそうです。中でも「カヅラカタ歌劇団」といって、宝塚を逆に読んだ名前の男子高校生、中学生が宝塚を演じる演劇部の公演が非常に人気で、チケットが買えないほどだと聞いています。私も1回見たいですね。


日本の成長に向けたそれぞれの思い