終の棲家は「築45年の市営団地」にしました…年金月13万円・60代夫婦がタワマン売却。“煌めく夜景”を捨てて手に入れた「安らぎの日常」
タワマンは成功者の証――そんなイメージを持つ人も少なくないでしょう。高層階から見える景色、洗練された共用施設、そして“成功者”としての誇らしさ。しかし、その住まいが老後には重荷へと変わることもあります。かつて年商3億円の会社を経営し、タワマン暮らしを謳歌していた男性が見栄を手放した先で見つけた、本当の安らぎとは?
かつては年商3億円。高層タワマンは「成功者の証」だった
「あの頃はすべてが右肩上がりで、こうなるとは想像もしていませんでした」
首都圏にある築45年の市営団地。その一室で、長尾達雄さん(仮名・67歳)と妻の奈美子さん(仮名・67歳)が静かに振り返ります。
かつて達雄さんは、店舗内装(デザイン・施工)を請け負う会社を経営していました。親から引き継いだ当時は小さな町工場のような佇まいでしたが、持ち前の職人気質と時代の波を捉えた空間提案が当たり、一時は年商3億円を超えるまでに会社を成長させました。
当時の達雄さんの役員報酬(年収)は2,500万円ほど。50代前半のとき、達雄さんは首都圏近郊の高層タワマン上層階を、約7,000万円(頭金1,000万円、35年ローン)で購入しました。
ベランダからは都心の煌めく夜景が望めます。この家は、達雄さんにとって「成功者の証」そのものでした。
しかし、栄光は長くは続きませんでした。
狂った歯車…夫婦を襲った「まさかの事態」
50代後半から業績に限りが見え始めました。大口の取引先が倒産し、その後、コロナ禍が直撃。さらに達雄さん自身も病気を患い、以前のように現場を飛び回ることができなくなってしまったのです。
経営者向けの共済制度などを切り崩しながら会社を維持していましたが、それでも資金繰りは厳しくなりました。従業員の雇用を守るため、運転資金の融資も受けましたが、売上は思うようには回復せず、借入だけが重くのしかかります。そしてついに限界を迎え、達雄さんが65歳の時に会社は廃業となりました。
夫婦が会社員として働いた期間は、若いときの数年だけ。その後は30年以上自営業(経営者)だったため、受給できるのはほぼ国民年金のみ。2人合わせても年金手取り額は月13万円ほどでした。
総務省「家計調査」によると、2025年の夫婦高齢者無職世帯の実収入は月平均25万4,395円。この数字には厚生年金や企業年金なども含まれています。一方で、長尾さん夫婦のように自営業者として働いてきた期間が長く、公的年金が国民年金中心の場合、受給額が平均を大きく下回るケースも珍しくありません。
普通に考えれば、すぐに家を売るべき状況です。しかし、達雄さんは決断をためらいました。
「それは、人生の敗北を認めることだと思ってしまったんです。特に、昔の仕事仲間に『長尾は落ちぶれた』と思われたくなかった。完全な見栄です」
貯金を切り崩し、愛車を売り払い、生活費を切り詰めても、タワマンにしがみつき続けました。しかし、そんな生活は長く持ちません。
すでに子どもたちはそれぞれ独立して家を出ており、夫婦2人きりになった広い部屋で、ただ通帳の残高だけが恐ろしい勢いで減っていきました。
金銭的な不安から奈美子さんは深刻な不眠症になり、達雄さんも「来月の返済はどうする」と動悸が止まらない。気がつけば、夫婦の会話は消え、家の中は凍りついたような空気になっていました。
「このままでは、破産する前に、2人とも心が死んでしまう」
奈美子さんの涙の訴えに、達雄さんはようやく自分のプライドを捨てる決意を固めました。
すべてを整理し終えて選んだ「終の棲家」
崖っぷちで夫婦を救ったのは、近年の不動産価格の上昇でした。かつて7,000万円で購入したタワマンは、約1億円で売却することができたのです。しかし、その売却代金がそのまま老後資金になったわけではありません。
住宅ローンの残債に加え、会社を維持するために個人保証で抱えていた借入金の返済、法人の清算費用などが重くのしかかりました。売却代金の大半はそれらの支払いに消え、最終的に手元に残ったのはわずかなお金だけでした。
そんな2人が終の棲家に選んだのは、家賃4万2,000円の市営団地。間取りは2DK。エレベーターのない4階建ての3階です。老後の生活費を考え、住居費をできるだけ抑えられる住まいを探した結果でした。
「最初は、あまりのギャップに涙が出ました。でもね、住んでみたら信じられないくらい心が軽くなったんです」と奈美子さんは微笑みます。
何より大きいのは、お金の恐怖からの解放でした。住居費が安くなり、月13万円の年金だけでも、慎ましく生活できるように。
「タワマンにいた頃は、デパ地下で高い惣菜を買ったり、高い服を着たりしていました。でも、ここへ来てからは、近くのスーパーの特売チラシを見るのが毎日の楽しみに変わりました。周りの住人も等身大の暮らしをしています。誰も私たちの過去なんて気にしないし、私も誰かと比べる必要がなくなった」
見栄という名の重荷を捨て去り、団地で手に入れた「安らぎの日常」。長尾さん夫婦の幸福な老後は続いていきます。
