世界遺産登録へ向かう飛鳥の人気石造物「猿石」「人頭石」とは【徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都】
2026年6月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関が世界文化遺産に登録するよう勧告した「飛鳥・藤原の宮都」。
大学で考古学や歴史学の教鞭をとりながら、観光ガイドを30年あまり続けてきた異色の考古学者・来村多加史さんが著した『徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都』は、歩いて・見て・探る「踏査」を通して飛鳥・藤原エリアに残る石造物の謎に迫る話題の一冊です。
今回は本書第1章「石造物の謎を解き明かす」の一部を特別追加公開。飛鳥の人気石造物・猿石と人頭石の踏査レポートです。
『徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都』書影
猿石と人頭石
「飛鳥の人気石造物は」と聞かれたときに、亀石に並んで指折り数えられるのは、猿石、人頭石と二面石でしょう。猿石と呼ばれる石造物は五石あり、そのうちの四石は吉備姫王の墓の前に並び、「女」「山王権現」「僧」「男」と呼ばれています。吉備姫王は乙巳(いっし)の変(六四五年)ののち、大化の改新を推進した孝徳天皇とその姉である斉明天皇の生母にあたります。残りの一石は高取城の門前に置かれた「高取の猿石」です。猿石と共に出土した「人頭石」は土佐街道の光永寺に、「二面石」は橘寺の本堂近くに置かれています。今回の記事では、猿石「女」と「人頭石」のレポートを紹介します。飛鳥資料館の実測図を基にしたイラストをご覧になりながら形を確認してください。
レポート:猿石「女」
高さ 110+30センチ、幅50センチ、
奥行き 110センチ(+は地下部分の寸法)
真上から見て前後に長い菱形の石を使い、表は小さな頭の人像、裏は下半に鋭い嘴(くちばし)をもった獣面を彫っている。表の人像は両膝を立てて尻をつき、顔は吊り目で長い鼻筋が通り、頰の横まで口角が切れ込む広い口をしている。いかにも猿に似た表情である。両腕は前にだらりと下げ、その間の胸が老婆のように垂れ下がっていることから「女」と呼ばれるが、股間に膨らみが表現され、それが陽物ならば、両性具有像となる。背面の下部、獣顔は烏のような嘴と水牛のような角をもち、殷周(いんしゅう)青銅器の饕餮文(とうてつもん)を彷彿とさせる。宮内庁の調査では、全面にベンガラのような赤色顔料が塗られていた可能性を指摘している。
猿石「女」の図表
レポート:「人頭石」
人頭石の図表
高さ103センチ、幅80センチ、奥行き110センチ
「顔石」とも呼ばれる。土佐街道の光永寺にあり、街道に近い前栽の中に手水鉢(ちょうずばち)のように置かれている。真上から見て涙形の石の片面全体に人の横顔を彫り出している。裏面は平坦で、何も彫られていないため、建築物の壁か塀にあてがい、片方から鑑賞されることを念頭に置いて彫ったのだろう。あるいは、築山(つきやま)の側面にめり込むように設置されたのかも知れない。大きな耳、曲線を描く眉、腫れぼったい瞼、鷲鼻、分厚い両唇などが日本人の風貌からかけ離れた西域人の印象をもたせている。耳の後方の側頭部にU字状のくぼみがあり、平たい頭頂に他の石材と合わせるための凹槽が彫られ、手水鉢に転用するための深い穴も、元来彫られた浅い枘穴(ほぞあな)を深くしたものかと思われる。つまり、上に少なくとももう一段の石造物が重ねられていた可能性がある。
ここに挙げた猿石「女」と人頭石に、猿石「山王権現」「僧」「男」「高取の猿石」を加えた六石とも、独特の造形をしているので、見ていて飽きません。ただ、吉備姫王墓の四体は玉垣に囲まれているため、裏を真正面から見ることができません。飛鳥資料館の庭に同様の石を使った模刻があり、名匠の左野勝司(さのかつじ)氏が手がけた、こだわりのある作品なので、全方向から観察したい場合は、そちらをお勧めします。そこには吉備姫王墓前の四体だけでなく、光永寺の人頭石や高取の猿石も模刻されて並べられています。
『徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都』では、飛鳥地域の石造物を残さず紹介し、地上に残る古代の文化財(宮殿跡、寺院跡、古墳、陵墓、石造物など)について、自ら歩いて観察する<踏査>を駆使し、地形を読み、文献をひも解き、仮説を検証していきます。図版100点、観光ガイドも務める著者ならではのオリジナル踏査マップも充実。考古学者が実践する推理の追体験が楽しめる一冊です。
【構成】
第1章 石造物の謎を解き明かす <考古学者の視点1>モノをじっくり観察する
第2章 飛鳥京の基準線を探る <考古学者の視点2>都市設計の計画性を解き明かす
第3章 狂心渠をたどる <考古学者の視点3>「芋蔓型」で論を立て展開する
第4章 藤原京の理念を貫く「聖なるライン」を検証する <考古学者の視点4>平面・立面・断面でとらえる
第5章 飛鳥陵墓区の風水を観る <考古学者の視点5>風景を読み取る
1958年生まれ。考古学者。博士(文学)。関西大学大学院修士課程、博士課程を経て、北京大学考古系に留学。2年半にわたる留学期間に中国全土の皇帝陵や都城遺跡を単独調査。2025年3月まで阪南大学教授を務めた。教鞭を執るかたわら、観光ガイドとしても活動、30年あまりの実績をもつ。研究者・現地案内者・歴史考証家として現場主義を貫くフィールドワーカー。著書は『高松塚とキトラ 古墳壁画の謎』(講談社)、『上下する天文 キトラ・高松塚古墳の謎』(教育評論社)ほか多数。
◆『徹底踏査 飛鳥・藤原の宮都』
◆文 来村多加史
◆図表 飛鳥資料館編『あすかの石造物』(2000年)掲載の実測図をイラストに改変
◆写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート
※トップ写真は本書に掲載していません。
※デジタルマガジン用に記事を編集しています。
