定説を覆す、魚独自の「生殖制御ホルモン」を発見…完全養殖を飛躍的に進める驚きの研究結果

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2026年5月29日、世界で初めて、完全養殖によるウナギのかば焼きが一般向けに試験販売された。日本橋三越本店とオンラインで販売された完全養殖ウナギの価格は1尾あたり約5000円。決して安くはないが、販売開始後すぐに完売。今回は数量制限のある限定的な販売だったが、絶滅危惧種に指定されているニホンウナギを天然資源に頼らず安定的に供給できる道が開けた意味は大きい。

稚魚1尾あたりの生産コストは、2016年度には4万円だったが、現在では1800円まで削減された。それでも天然のシラスウナギの3〜4倍の値段だが、技術開発は着実に進んでいる。

この完全養殖に至るまでには、数多くの基礎研究での発見や、長年の応用研究のブレイクスルーがあった。なかでも、今後の効率化とコスト削減や他魚種での実現に向けて、いま注目を集める研究がある。東京大学の神田真司准教授が発見した、魚独自の生殖制御ホルモン「コレシストキニン(CCK)」だ。これまでの養殖の歩みと、半世紀にわたる「常識」を覆したこの研究について神田氏に語ってもらった。

魚の卵成長に関わる脳内ホルモンを発見

完全養殖を安定して行うためには、卵の成長や排卵に関わるホルモンを制御することはとても重要です。その制御を担うのは、魚類と同じ脊椎動物である哺乳類の性腺刺激ホルモン放出ホルモンである「GnRH」が制御していると長く考えられてきました。しかし、近年急速に進歩しているゲノム編集技術を使って調べてみると、魚においてGnRHが卵を育てる「FSH」の放出を制御しているわけではないことがわかったのです。

この結果をもとに、GnRHではない他の何かがFSHを出させているはずだと考え、探すことにしました。それで見つかったのが「コレシストキニン(CCK)」という脳内ホルモンでした。CCKは、我々ヒトでは消化管から放出され、消化液を分泌させたり、食欲を抑えたりする効果があります。

その一方で、脳内にも発現していることが知られ、魚において脳→脳下垂体の制御において、FSHの発現を制御する最も主要な因子(FSH放出ホルモン、FSH-RH)であることがわかったのです。

この発見は基礎科学としての知見のアップデートのみならず、応用可能性も非常に大きなものだと感じています。

ウナギの完全養殖が試みられた初期には、制御因子が不明だったせいで、ウナギのお腹の中の卵胞を育てるためにサケの脳下垂体を潰したものを注射していました。この方法だと、いろんなホルモン(特に排卵を誘発するLH)が混ざってしまって成長の遅い卵胞を育てようとしても、成長の早い集団は排卵に至ってしまうのです。

卵の成長を均一にするため、卵胞を育てる専用のホルモン=組み換えFSH(人工的に培養細胞に作らせ、精製する)が開発されましたが、FSHはアミノ酸が300個程度から構成され、さらに糖鎖で修飾された非常に複雑なホルモンなので作るのが難しく、とてもコストがかかるのです。

一方、CCKは低分子ペプチドなので試験管内でアミノ酸を重合するだけでよく、製造コストを抑えられる可能性があります。理論的には1/10から1/100に落とすことも夢ではないと思っています。

さらに、FSHに比べCCKは応用できる範囲が広く、ひとつのCCK製剤ですべての魚の卵胞を育てる技術に応用できるはずです。

この基礎研究の成果により、GnRH投与ではほとんど促すことができなかった卵の成長を、CCKを使って誘導できるようになりつつあります。ただ、現時点では効率は高くないため、現在ドラッグデリバリー(薬物を時間的、空間的に制御する方法)などを工夫することにより、現場でいつの日か利用できるように研究を進めています。

さて、「FSHを制御するFSH-RHなるものが、GnRHのほかにあるはずだ」という仮説は、2016年に「GnRHはFSHに必要ない」という論文記載を発表した時には、自分自身半信半疑くらいでした。それくらい、ノーベル賞で確立された研究というのは『常識』として受け入れられていましたし、教科書にも書かれていたのです。でも実験結果は明確でした。魚は実際に哺乳類とは違うシステムを持っていたのです。

この研究は2023年にプレプリントとして発表し、2024年に論文発表しました。現在、世界中の研究者がこのテーマに取り組み始めています。まさに、魚類の繁殖研究の新時代の幕開けと言えるのではないでしょうか。

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