迦葉山の天狗伝説と沼田市の魅力|関東三大天狗の御山を訪ねる
戦国武将が狙った沼田城、歴史好きの人なら知っている。パウダースノーのゲレンデも、スキー好きの人なら知っている。でも沼田の魅力はそれだけ?からっ風が吹くこの地を旅してみれば、蛇とムカデが喧嘩して、パンにハマった殿様がいて、コンビニに座布団があり、何より天狗密度が半端ない。天狗に守られた街の不思議な魅力を探しに、いざ。
【白石あづさのワンダートリップ】日本全国の不思議な町を訪れる不定期連載。第2回目は、群馬県沼田市へ。巨大天狗の待つ迦葉山や蛇伝説の老神温泉、とんかつ街道に河岸段丘の市街地を訪れました。
天狗密度、日本一の街。山伏たちの憧れだった迦葉山(かしょうざん)の大天狗
墨色の空からしんしんと降る白い雪。参道の先に鄙びたお堂が見える。まずはお参りをと重い木戸を開ければ、暗がりに天井を突き抜かんばかりの天狗のお顔がドドン!

「中峯堂」の「身代わり大天狗」。左は昭和14年の6.5mの顔、2.8mの鼻を持つ日本一の天狗面。戦勝と安全を祈願し、地元有志によって作られた。右は交通安全を願い昭和46年に奉納された
メラメラと燃える真っ赤な顔に飛び出た目玉、イタチ二匹分の太眉に人間ひとりスッポリ入れそうな長い鼻。今にもヘの字の口がパカっと開いて「ぐおら〜!!」と叫び出しそう。思い当たるフシ(悪事)がある私は思わず身を縮めた。
異世界とはこのことか。つい先ほどまでカラリと晴れたのどかなリンゴ畑を車で抜けて来たのだ。それが迦葉山(かしょうざん)への山道に入ったとたん、妙な風が吹いて雪が舞いはじめ、気が付けば辺り一面、真っ白に。ひと気もないのに、なぜかそわそわ。妙な奴が来たから天狗たちがからかっていたのかもしれない。
東京の高尾山薬王院、栃木の古峯神社とともに、関東三大天狗の御山として知られる迦葉山。その歴史は1200年と古い。

雪をかぶった赤い山門。仁王像も素晴らしい
頭の雪を払いつつ受付に立ち寄ると、ご住職のご子息、羽仁(はに)素信さんが顔を出して「もともとは天武天皇の皇子の発願によって848年に開山した天台宗の寺だったんですよ」と教えてくれた。
お釈迦様の十大弟子のひとり、摩訶迦葉(マハーカーシャパ)に縁のあるインドの鶏足山(グルパ・ギリ)に形が似ているため、迦葉山と名付けられたとか。それから約600年経った15世紀、荒廃した迦葉山を訪れた天巽(てんそん)禅師という曹洞宗のお坊さんが改宗開山したのだそう。
迦葉山の天狗伝説が始まるのはここからである。
禅師には中峰という弟子がいた。この中峰、ただの弟子ではない。険しい岩山を駆け巡り、神通力であっという間に立派なお寺を建てる。顔も姿も若いまま。
ある日、「実は私は摩訶迦葉の生まれ変わり」と告白し天狗となって昇天したという。消えた後に残されたのは天狗の面だったとか。
インドのお釈迦様の弟子が真っ赤な天狗に!?
摩訶不思議な話に驚きつつも、改めて天狗とは何かと調べてみれば、その昔、中国では轟音を上げて落ちる怪奇な火球を「天の狗(犬)」と呼んでいたが、それが日本に伝わると次第に妖怪に。
「修行を自慢して鼻が伸びた傲慢な山伏のなれの果て」が天狗になった。「天狗になる」ということわざはここから生まれたのだ。
眼はらんらん、真っ赤に憤怒?巨大天狗の顔圧に、煩悩も吹っ飛びます!
おもしろいのは絶壁を登り、谷を飛び越え修行する超人的な日本の山伏たちの姿が、いつの頃から空駆ける天狗と重なった。当時の山伏は薬草の知識が豊富で各地の文化も詳しく文武両道。いつしか天狗は妖怪から守護神に格上げされ「修行を積んだ山伏は死後に天狗となって山を守る」と信じられるようになったとか。
そういえば山伏と天狗のファッションは似ている。一本歯下駄は二本歯より岩に挟まれにくく、腰の毛皮は斜面を滑り降りる時に便利だし、額の黒い「頭襟(ときん)」はヘルメット、ポンポンつきの法衣「鈴懸(すずかけ)」は、熊などに遭った時に体を大きく見せる役割もあったそう。彼らの装束は当時の最先端の登山ギアだったのだ。
話を迦葉山に戻そう。ここは山伏憧れの中峰尊者伝説の地でもあったが、新潟の八海山方面と東北の会津方面を結ぶ合流地点だった。賑やかな「山伏ジャンクション」で、山伏たちが岩に腰かけて薬草の情報交換をしながら、おにぎりでも食べていたのかもしれない。
その後、柏の葉でできた天狗の団扇が蚕が食べる桑の葉に似ていると、養蚕農家が地元だけではなく埼玉、新潟など遠くからも参拝に訪れるように。
養蚕の主役はお母さんだ。群馬は「かかあ天下」と恐れられるが、実は「うちの母ちゃんは日本一の働き者」と夫が自慢する言葉らしい。かつて神輿を担ぐのは男だったけれど、半世紀以上も前に「私たちだって」と沼田の女性たちは巨大天狗のお面を担ぎ始めた。今では夏の「天狗みこし」には、毎年300人の「天狗レディ」が大集合。市外の女性も担ぎにおいでと呼びかけている。

坐禅堂の「諸願成就大天狗」は8月の「沼田まつり」で担がれる
お話を聞いているうちに参拝者がやってきた。御年92歳になるご住職の羽仁素道さんが「ついでに」と祈祷に混ぜて下さるという。隙間風が吹く長い廊下の先に、三階建ての高さはありそうな山岳造りと呼ばれる急こう配な拝殿が現れた。左右の階段は54段ずつ、合わせると煩悩と同じ108段。ご住職はヨッコラショ、ドッコラセと一番、高い段まで登っていく。
ハラハラしていると背後から突如「ゴーン!」と太鼓の音が一発、思わず飛び上がる。おかげで煩悩が吹っ飛んだ。天狗たちも雪山のどこかで聞いているだろうか。

山岳造りの美しい拝殿と住職の素道さん
写真・文/白石あづさ…大学卒業後、地域紙の記者を経て約100か国3年間の世界一周後、フリーに。著書に『逃げ続けていたら世界一周していました』(岩波書店)、『中央アジア紀行 ぐるり5か国60日』(辰巳出版)、『世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う』(文藝春秋)、『世界のへんな肉』(新潮社)ほか
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