細野勇策(C)共同通信社

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【羽川豊の視点 Weekly Watch】

【羽川氏コラム】メジャーのコース設定は今後さらに難しくなると予想される根拠

「羽川以来のレフティー優勝なるか」といわれ続けてきた細野勇策が日本プロゴルフ選手権で優勝しました。最終日最終組は今回が9回目。接戦をものにできたのは、悔しい敗戦から多くのことを学んだからでしょう。

 私のツアー初優勝は1981年の日本オープンでしたが、それまで2位が何度かありました。鮮明に覚えているのは2カ月前の関東プロです。当時はパットもよく入り、怖いもの知らずの勢いがありました。最終日は金井清一さんとのプレーオフになり、ドライバーショットのOBで負けました。それからティーショットに対する集中度が変わりました。

 今回の優勝を境に、国内のレフティーといえば細野だ、と夢は大きく持ち、新しいレフティーの歴史をつくって欲しい。

 細野の活躍で「左利き」のゴルファーが注目されたらうれしいですが、少年野球では右打ちを左打ちに変える選手は多いのに、右利きのゴルファーが左打ちに変えたというのは、世界でもP・ミケルソンぐらいではないか。元プロ野球選手で「世界のホームラン王」と呼ばれたサウスポーの王貞治さんもゴルフは右打ち。実業団のソフトボール剛腕サウスポーだった岡本綾子さんもゴルフは「右」で覚えました。

 昭和の頃までは、箸や鉛筆を右手に持ち替えるように言われていたことも影響しているのかもしれませんが、個性を尊重する時代にレフティーのゴルファーがほとんどいないのは残念です。

 私がゴルフを始めたときも、左用の中古クラブはなく、グラブは販売もしていませんでしたが、中学までやっていた野球も左打ちでしたから、左で打った方が飛距離が出たので右打ちにはしませんでした。ようやく手に入れたクラブも、職人さんは右利き用ばかり作っているのでフェースの向きが微妙に違う。そこでゴルフ工房に出向き、「シャフトをこう入れて」と、あれこれ要望を聞いてもらっていました。それでも100%自分にマッチしたクラブはプロになった当時でさえ使ったことがありません。

 自分に適したヘッドがなければ、こちらが合わすしかない。「必要は発明の母」といいます。「必要」なら人間は考える。例えば、サンドウエッジも右打ちのようにグースやライやバウンス角が異なるものがいろいろないので、与えられたクラブで低い球や止める球の打ち方を覚えました。

 クラブに対する考え方やアイデアで脳を稼働させることはプレーにも生きます。難グリーンを攻める際、あらぬ方向の傾斜を利用する。ボールを大きく曲げてしまい、林から脱出が困難な時も、普通とは異なる視点を持てば選択肢は増えます。 マスターズの生みの親であるボビー・ジョーンズは「ゴルフは耳と耳の間のゲーム」と言いました。用具の著しい進化や過度に整備されたコースは、ゴルフから「考える」楽しさを奪ってはいないか。細野の優勝で若かりし頃を思い出し、そんなことを考えました。

(羽川豊/プロゴルファー)