【ボクシング】かつて井上尚弥と闘った田口良一が「見たことがない」と驚愕したアッパー 敗れた中谷潤人も「これから全盛期を迎える」
元WBA/IBFライトフライ級チャンピオンで、2013年8月25日に日本同級タイトルを懸けて"モンスター"井上尚弥と拳を交えた男、田口良一。現WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級チャンピオンがプロ4戦目で対峙した田口に、東京ドームでの激闘について訊ねた。
「井上尚弥vs.中谷潤人から、もう1週間も経つんですね。まだ余韻が残っています。自分はどんな試合でも2回以上観ることは滅多にないのですが、今回は観ました。また、観返したくなるかもしれません。それだけの内容でしたから」

2013年8月、井上尚弥(左)と日本ライトフライ級タイトルマッチで対戦した田口良一 photo by Hiroaki Yamaguchi/AFLO
引退から7年が過ぎ、39歳となった今でも現役時代と変わらない体型の田口は、5月2日を回想した。
「立ち上がりは両選手とも様子見で、あまり手を出さなかったですね。ああいう展開になる可能性もあるとは思いましたが、井上君も中谷君も、もうちょっと行くのかなと予想していました。やっぱり、"一発"喰らってしまったら命取りになるので、出るに出られなかったのだと思います。
10−9と採点に差をつけるのであれば、3〜4ラウンドで井上君が流れを掴んだ印象です。スピードで挑戦者を上回っていました。全体的にそう感じました。
中谷君は、思うようにいかない闘いになったのではないかと。もうちょっとポイントを奪えると想定していたんじゃないですか。井上君にうまく支配された感があります。5ラウンドに中谷君はギアを上げましたが、自分の採点では7ラウンド終了まで、すべて井上君が取っていました」
オフィシャル・スコアシートを確認しながら、田口はそう言った。3人のジャッジのうちのひとり、パトリック・モーリーと同じ見解だった。

当日のオフィシャル・スコアシート。左がパトリック・モーリーの採点 photo by Soichi Hayashi Sr.
「自分と闘った時の井上君と、今の彼はまったくの別人で、はるか彼方に行ってしまったパウンド・フォー・パウンド1位のチャンピオンです。彼と試合ができてよかったとは感じますが、あまりにも井上尚弥はすご過ぎる。当時から数段レベルが上がっています。
中谷陣営が最初の4ラウンドに攻めたくても、井上君の強打を警戒して出られなかった気持ちは、よく理解できます。ライトフライの時点で、とんでもないパンチ力でしたから。今はよりパワーアップしていますよ。自分もあの時だったからガンガン行けたんです。スーパーバンタム級の井上君のパンチなら、ガード越しでも効かせられるでしょう。
なので、中谷君が行こうにも行けなかったのは、すごくわかりますよ。『序盤に重いパンチをもらってしまったら、そこで終わってしまう』という思いがあったはずです。中谷君は『これはマズい』と感じたんじゃないですかね」
【相手が中谷だから実現したハイレベルな試合】田口はモンスターのディフェンスも評価した。
「井上君は、自分の打ち終わりを中谷君が狙ってくると見越していたでしょう。中谷君のパンチを外してから打つ練習を積んでいたように見えました。
中谷君の陣営は『井上君のステップの速さに驚いた』とコメントしたそうですが、自分との試合でも『あ、ここにいない!』と感じた局面がけっこうありました。ステップイン、ステップバックの瞬間的なスピードは驚異でしたね。出入りが速く、空振りさせられました。それは中谷君も同じでしょう」

東京ドームの死闘を振り返った田口 photo by Soichi Hayashi Sr.
田口は挑戦者の闘いぶりも讃えた。
「8、9、10ラウンドは中谷君が盛り返しましたね。スーパーバンタムで井上君にあそこまで肉薄できるのは、中谷君くらいです。陣営のサポート含め、彼じゃなければあんなハイレベルな試合はできませんでした。至高の36分、12ラウンドだったと、心が震えました。
お互いに、簡単にはクリーンヒットさせない、という時間がありましたし、『彼らにしかわからない領域、第三者には見えない何かが行なわれているんだな』と。ほかの誰にも、こんな動きはできないだろうっていうシーンがありましたよね」
第8ラウンドの中盤、井上のショートの右を避けた中谷が、左打ち下ろしからの右フック放つ。井上はそれをボディワークで躱(かわ)した。カウンターを狙い合うが、捉えきれない――。両者のディフェンスが光る、見応えのある攻防だった。
「お互いの空気感というか......笑い合ったりしていたじゃないですか。『こんな闘いを体現できる人が、世界中のどこにいるのか?』と思わせてくれました。今まで観たボクシングの試合のなかで、トップクラスの動きをふたりはしていました。

試合終了後、笑顔で抱き合った両者photo by Naoki Kitagawa
試合終了後も興奮冷めやらず、次の日も考えてしまうような......。本当にすご過ぎました。日本のボクサーのレベルがどれだけ高いかを、世界に知らしめましたね」
【井上の「本能的に体が動いた」アッパー】元2冠ライトフライ級チャンピオンの田口は、脱帽した様子で語り続けた。
「11、12ラウンドはまた井上君のラウンドでした。11ラウンドだったかな。井上君の右ストレートが外れた直後に、後ろ足を前に移動させながら、左アッパーをヒットしたんです。あんな動き、見たことなくて。
舞い降りてきた感覚というか、きっと本能的に体が動いたんでしょう。練習して出せるものじゃないですよ。自分も現役時代、たまに勝手に体が動く経験をしました。今回の井上君もそうでしょうね。『とんでもないな。すごいな』と、つくづく感じました」
試合を決定づけた第11ラウンド、モンスターが放った右アッパーが挑戦者の左目を捉え、中谷は眼窩底を骨折する。以後、試合終了のゴングまで、右目のみで闘った。

中谷(右)にアッパーを見舞う井上 photo by Naoki Kitagawa
「総合的に、井上君が中谷君を上回っていました。チャンピオンが一枚上手でしたね。あらためて、ボクシングの素晴らしさを感じました。
今回の試合で、井上君はボクシング史で"最強"と呼ばれる存在になったんじゃないですか。フェザーでもやりたいそうですが、井上くんなら57kgでも統一チャンピオンになれますよ。そうしたら、ボクシング史上ナンバーワンになるかな、と感じます。KO率は下がるかもしれませんが、井上尚弥から7ラウンド以上ポイントを取れる選手がいるのか。考え難いですよね。身長185cmのWBO王者、ラファエル・エスピノサには苦戦する部分もあるでしょうが、井上君のほうが上回っています」
【中谷は「大きく飛躍すると確信」】15歳で単身アメリカに渡り、本場で研鑽を積んで大舞台に上がった挑戦者は試合後、「これまでやってきたことを120パーセント出せたので悔いはない」と言った。それについて、田口は話した。
「いい言葉ですね。あの闘いぶりからも、中谷君が大きく飛躍すると確信しています。より強さを増して、いずれパウンド・フォー・パウンド1位も狙えると思いますね。ボクサーとして伸びるきっかけって、人それぞれでしょうが、今回の井上戦が彼を強くすると感じます。
中谷君の性格、ボクシングを深く考えている点、向き合い方、努力する姿から、『負けを糧にできるタイプだなぁ』と。今回のLAキャンプでは192ラウンドものスパーリングをこなしたんですよね。圧巻というか、信じ難い量です。普通の選手なら壊れますよ」

死闘を乗り越え、中谷はさらなる成長を目指す photo by Soichi Hayashi Sr.
中谷が練習中、3分間に1本ではなく3本のサンドバッグを打つことについても田口は触れた。
「日本のボクシング界では、考えつかないような練習をやり続けていますよね。井上君がフェザーに上げたら、スーパーバンタムで無双できるでしょう。そのあと、どういう道に行くかはわからないですが、中谷くんが大きく成長することは間違いないです。これから全盛期を迎えるでしょう。個人的に好きな選手なので、陰ながら応援しています。
お互いが望むなら、リターンマッチもいいんじゃないでしょうか。中谷君は再戦したいでしょうし、井上君はさらに差を見せつけたいという気になるかもしれません。自分のなかでは、この1回でかなり満足していますが(笑)。あんないい試合を見せてくれたふたりには、心から感謝しています」
◆田口良一(たぐち・りょういち)
1986年12月1日生まれ、東京都出身。2006年7月にプロデビューし、2007年にライトフライ級の全日本新人王に輝く。2013年4月、同級の日本王座を獲得。2014年12月にWBA王座、2017年12月、ミラン・メリンド(フィリピン)との統一戦を制してIBF同級王座を獲得した。2019年12月に現役を引退。プロ戦績は27勝(12KO)4敗2分け。
