社会問題を正面から描いた…月9『ひとつ屋根の下』次女・小梅の悲劇シーンが生まれた「裏側」
フジテレビの月9史上最高視聴率37.8%を記録したドラマ『ひとつ屋根の下』。江口洋介演じる柏木達也、通称「あんちゃん」を中心とした6人きょうだいの人情ドラマは、バブル崩壊後の日本人の荒んだ心にすっと沁み込んでいった。作中では、一家の次女・小梅に悲劇が訪れるシーンが描かれる。温かいホームドラマに、なぜショッキングな場面を導入したのか。同作演出家の永山耕三氏が自ら語った。
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何度も練習した「ハッピーバースデー」
悲劇のシーンが流れる途中、柏木家の食卓でケーキを囲んで小梅の帰りを待つ、きょうだいたちの姿が挟まれる。家族は、小梅のために『ハッピーバースデー・トゥ・ユー』を練習しながら、次女の帰宅を待っている―。
「江口っちゃんも、福山くんも、酒井さんもいしだ壱成くんもミュージシャンだし、山本耕史くんも楽器が弾けた。みんな歌が上手くて、美声なんです。小梅の悲惨な事件と対比させるために、『ハッピーバースデー』の歌は綺麗に歌ってほしくて、ハーモニーが合うように何度もリハーサルしました」(永山氏)
朗らかに歌うシーンと小梅の事件のシーンとがカットバックする演出を完パケ(完成した映像)で見た福山雅治が、真剣な顔で永山氏に言った感想が冒頭のそれだ。
脚本の野島伸司は『愛という名のもとに』で描いた「チョロの自殺」の他にも、禁断の恋の果てを描いた『高校教師』や、過激な体罰シーンが満載の『人間・失格』、青少年犯罪がテーマの『未成年』などの作品でショッキングなシーンをたびたび描いている。しかし、この『ひとつ屋根の下』はやや毛色が違った。
「他の野島作品は、ドラマ全体の雰囲気が暗かったり、文学的なテーマ性が最初から提示されたから、視聴者も『何かあるかも』と身構えることができた。でも『ひとつ屋根の下』は家族の人情ドラマだと思って見ている。だからこそ、インパクトは大きくなると思っていました」(永山氏)
当時、テレビ局では、苦情などの対応として、放送後に電話番を残していた。第10話の後、ドラマ班のADはこんな電話を受けている。
「小梅ちゃんになんばすっとか!」
とはいえ、怒りの電話は数件程度。いまのようにSNSがない時代なので「炎上」こそおこり得ないが、それにしても、永山氏によれば「批判の声は少なかった」という。それは、丁寧な演出がいくつもあったからだろう。
実際の性加害事件を参考にした
何よりもまず、直接的な表現を避けた。
「実際のシーンでは、加害行為は具体的には描いてはいません。たしかに制服を脱がすけど下着が少し見えるくらいですし、行為といっても男がベルトに手をかけるシーンを遠くから映した程度ですから」(永山氏)
加害を想起させるシーンをつなげ、見る者の想像を掻き立てたのである。モンタージュ技法だ。
さらに、このシーンをあくまでもフィクションであると印象づけようと気を配った。
「撮影した映像を見た後に、バラードの『青春の影』を被せることを決めました。あえてギャップを生んで「フィクション性」の度合いを高めようとしたんです。
また、最終回に向かって盛り上げるための新たな挿入歌として『青春の影』を使い、ドラマが新しい展開に入ったことを表現する狙いもありました」(永山氏)
翌週の第11話からは、性加害の被害者が直面する「現実」を正面から描いた。当時、性的加害の被害者は泣き寝入りせざるをえないケースが多いことが社会問題になっていた。
ドラマで小梅を襲った犯人は受験に悩む予備校生で、彼が「前途ある若者である」という理由で減刑される可能性が示唆される。加害者サイドの弁護士が示談を提示するが、まったく反省の色はない。
「弁護士と柏木家のやりとりは、実際に起こった同様のケースを参考に、事実に即して組み立てました。ドラマとはいえ丁寧に描写しなければと強く思ったのです」(永山氏)
こうした真に迫るシナリオと演出を積み重ねることで、単なる「衝撃のシーン」で終わらせず、視聴者をさらに引き込むことに成功したのだ。
江口洋介は800mを全力疾走
11話では弁護士から示談を持ち掛けられた柏木一家の中で、小梅のために被害届を出さずに静かに見守ろうという雅也たちと、前に進むためにも被害届を出すべきだという達也で意見が分かれ、家族は再びバラバラになってしまう。
元ランナーの達也は、小梅に勇気を出してもらうためにも、古傷を抱えながらマラソン大会に挑む―という展開で、ついに最終回12話を迎えることになる。
「マラソンの場面は、実際の山中湖マラソン大会に協力を得て、本物のランナーに交ざって撮影させてもらっているんです。私たちはスタート地点の前方でカメラを構えていました」(永山氏)
この時、江口洋介には厳命が下っていた。スタート直後の直線をダッシュして、先頭をキープすること。独走する江口の映像を撮り、作中で多用する予定だったからだ。
「ドキドキしながら見守っていましたが、江口っちゃんはちゃんとトップで走ってくれたんです。800mぐらい全力で走り、倒れ込む彼の姿を見て、「彼は本物の男だ」と思ったものです」
達也の懸命な姿をテレビで見た家族たちが、あんちゃんのもとに駆けつけ、集まったきょうだいが再び絆を確かめ合う―。そして、小梅は被害届を出すことを決意する。
最終回のエンディングでは、いつもの柏木家でのドタバタを描きながら、ドラマは幕を閉じる。
家族ドラマの記念碑的作品だった『若者たち』('66年、フジ)を塗り替えるほどのヒットとなった『ひとつ屋根の下』。
柏木家を陰ながら支える、広瀬のおじさんを名優・山本圭にオファーしたのは、永山氏いわく『若者たち』で三男を演じた縁だった。
「ああいう人情ものを、もう一度やろうよ」
「あの家族には「大人」の存在が必要でした。広瀬のおじさんは、おとぼけをかましながらも、締めるところでは締める。そんな重要な役柄を山本さんは楽しみながら、見事に演じてくれました」
山本は'22年に惜しくも鬼籍に入ったが、永山氏は亡くなる1年ほど前に、こんな会話を交わしている。
「あのドラマは楽しかったな。永山さん、ああいう人情ものを、もう一度やろうよ」
『ひとつ屋根の下』の最高視聴率37・8%は、月9史上最高であるとともに、フジテレビドラマ史上でもいまなお最高の数字だ。しかし、永山氏によれば、「月9のピークとは思っていない」という。
永山氏は翌'94年に、和久井映見主演の『妹よ』(最高視聴率30・7%)というヒット作を世に出す。'95年には「チィ兄ちゃん」こと福山雅治初主演の『いつかまた逢える』が放送され、月9ブランドはますます盤石なものとなっていた。
そしてついに'96年、永山氏が「最高の月9」と認めるドラマが放送される。後に「月9の代名詞」と称される、時代の寵児が初主演を果たすことになる―。
(以下次号)
取材・文/伊藤達也(ライター・編集者)
「週刊現代」2026年5月11日号より
永山耕三(ながやま・こうぞう)/'56年、東京都生まれ。大学卒業後フジテレビに入社。NY勤務を経て、『東京ラブストーリー』『ロングバケーション』『ラブジェネレーション』など数々のドラマを手掛ける。映画『東京フレンズ The Movie』『バックダンサーズ!』(ともに'06年)では監督を務めた
