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厚生労働省の調査によると、日本人の平均寿命は男性81歳、女性87歳と世界最高水準に達しています。この「人生100年時代」において、老後資金を自分のために使い切るという選択は一見合理的ですが、自身の寿命を決めつけてしまうと取り返しのつかない悲劇を招きかねません。カズオさん(仮名・83歳)も親友の孤独死を機に3,500万円の貯蓄を使い切る計画を立てたものの、長生きリスクに怯える一人です。その実態に迫ります。

「寿命を計算して使い切る」という選択の落とし穴

厚生労働省の「令和6年簡易生命表」によると、我が国の平均寿命は令和6年時点で男性が81.09年、女性が87.13年となっており、世界でも最高水準にあります。

「財産を自分のために使う」という選択自体は素晴らしいことですが、「自分はこの年齢までしか生きないだろう」と寿命を決めつけ、早い段階で老後資金を使い切る計画を立ててしまうと、想定以上に長生きした際に経済的な行き詰まりを招く危険性があります。

実際に、自身の寿命を計算したはずが、思わぬ「長生き」によって老後資産が尽きる不安に怯えながら日々を過ごすことになった80代男性の事例を見ていきましょう。

親友の死をきっかけに…貯蓄3500万円を「使い切る」決意

「あいつは一生、金を使う暇もなく働いて、結局誰にも看取られずに逝ってしまった。あんなに虚しいお金の残し方があるか……」

カズオさん(仮名・83歳)が「老後資金を使い切る」と決意したのは、今から15年前、68歳のときでした。当時、カズオさんの手元にあったのは、退職金と蓄えを合わせた3,500万円。年金も月額約18万円を受給していました。余裕があるように思えますが、そんなカズオさんに決断を促したのは、新入社員時代からの同期で、退職後も週に一度は会うほど仲がよかった親友の死でした。

互いの貯金額を笑いながら話し合える唯一の存在だった親友は、独身のまま約8,000万円という資産を遺して急逝。生前、「身寄りがないから俺が死んだら資産は全部国庫行きだな」と冗談半分で笑っていた親友の言葉が、そのまま現実のものとなってしまったのです。

その出来事をきっかけに、カズオさんは妻とも話し合って、自分たちのお金は使い切って終えると決めました。

「妻も賛成してくれました。自分たちが稼いだ分を自分たちのために使い切るのが一番だと。当時は、それが最高の生き方だと思っていたんです」

歌舞伎、高級オーディオ、温泉巡り…「80歳で使い切る」という資産計画

カズオさんが選んだお金の使い道は、かつて仕事で忙しくて、やりたくてもできなかった「趣味」への没頭でした。

一席2万円する歌舞伎座の1階桟敷席に通い詰め、自宅には100万円以上する真空管アンプと高級オーディオを導入。1ヵ月かけて日本中の温泉地を巡ったり、週末には家族を誘って高級寿司を振る舞ったりして過ごしていました。

「本当に毎日が楽しくて、充実した人生を送れている手応えがありました。どうせ80歳にもなれば体も動かなくなるんだから、そこで使い切れれば完璧だと思っていたんです」

贅沢が日常になるほどお金を使ったというカズオさん。自分の寿命とお金の尽きるタイミングを、完全に計算したつもりだったのです。

しかし、人生には想定外のことが起こります。

「長生きが怖い…」計算外だった“健康すぎる体”と貯金が底をつく不安

「80歳で使い切る」という想定に反し、カズオさん夫婦は80代に突入しても健康そのものでした。

予想外の長寿によって少しずつ貯蓄の取り崩しペースが狂い始めた矢先、1年前に愛する妻を見送り、カズオさんは独り身となりました。その葬儀や供養にも費用を投じ、気づけば3,500万円あった貯金は、現在はわずか50万円ほどしか残っていません。

「自分が83歳になっても信じられないほどピンピンしているのは、完全に計算外でした……。足腰も丈夫で、病院代もほとんどかからないんですよ」

本来であれば健康なのは喜ぶべきことのはずです。しかし、残高が50万円になった今、カズオさんは「自分は一体いつまで生きるのか」と怯えるようになってしまいました。

カズオさんは現在、年金だけで生活しています。かつての贅沢な暮らしで固定費は上がっており、冠婚葬祭や家のトラブルなどの急な出費すら痛手となる状況です。

「長生きがこんなに怖いなんて……。親友が遺したお金を虚しいと思っていたのに、今は少しでも残しておけばよかったと、毎日怯えながら暮らしています」

自分にいつ死が訪れるかなど、誰にもコントロールすることはできません。「お金を使い切る」という思い上がった決意は、皮肉にもカズオさん自身の首を絞める結果となってしまいました。

データが示す“人生100年時代”の実態…過半数の高齢者が実感する「貯蓄不足」

カズオさんのように、健康で予想以上に長生きした結果、老後資金が底をついてしまう「長生きリスク」は、決して他人事ではありません。

内閣府の調査によると、現在の貯蓄額が今後の生活の備えとして「足りない(少し足りないと思う・かなり足りないと思う)」と感じている高齢者は、過半数の57.1%に達しています。さらに、生活費の不足分をこれまでの預貯金の取り崩しで賄うことが「ある(よくある・時々ある)」と答えた人は61.2%を占めており、多くの高齢者が貯蓄の減少に直面しています。

長寿化が進む現代において、「寿命と資金の尽きるタイミングを完全に計算する」ことは不可能です。思い上がった決意で老後資金を使い切ってしまうのではなく、人生100年時代を見据え、いざというときのための余裕を残した資金計画が不可欠であることを、これらのデータは示唆しています。

[参考資料]

厚生労働省「令和6年簡易生命表」

内閣府「令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査結果