夫が知らない「30年連れ添ったあとに家を出た」ツマの悩み。破られたメモに書かれた電話番号が導く”真相”
野原広子最新作「熟年夫婦クライシス」
結婚30年、仲良く暮らしていたはずのツマが「お醤油買ってくる」と出かけた切り戻ってこない。パート先を訪ねてみるも、夫に内緒ですでに退職し、一人息子にも連絡をしていない。手がかりもなく、途方に暮れる夫。そのツマが残したたった1枚のメモに書かれた電話番号にかけてみると……。
今年1月に出版された『うちのツマ知りませんか』(オーバーラップ)は、コミックエッセイの名手、野原広子の最新作で、熟年夫婦クライシスを真っ正面から描いた、初のクライムミステリーだ。
野原さんといえば、2013年『娘が学校に行きません- 親子で迷った198日間 』(メディアファクトリー)でデビュー、2021年『消えたママ友』(KADOKAWA)『妻が口をきいてくれません』(集英社)で第25回手筭治虫文化賞短編賞を受賞。その後も、『人生最大の失敗』(オーバーラップ)、『今朝もあの子の夢を見た』(集英社)、『赤い隣人〜小さな泣き声が聞こえる』(KADOKAWA)など、多くの話題作を出してきた。
作品では、離婚したくても、子どもが成人するまではと我慢する妻や、ママ友から突然無視され、それでも子どものためにいじめに耐えるママ、寿退職から出産、子育ての長いブランク後に社会復帰にチャレンジする女性の姿などを描き、多くの女性の共感を集める。
「うちツマ」のきっかけはラジオ
そんな圧倒的なリアリティを描く野原さんだが、意外にもご自身の話は、デビュー作だけ。他は、友人知人の取材や、ネットのブログ、本や記事などの話からインスピレーションを得たのだという。
そして最新作「うちのツマ知りませんか?」は、ラジオの「テレフォン人生相談」がきっかけだった。
それについて、第1話「夜『お醤油買ってくる』と家を出たツマが帰ってこない。パート先に聞いた『夫が知らなかった』ツマの決断」で野原さんは、ラジオの人生相談で、離婚したくてもできないと涙ながらに語る高齢女性の声を聞いたこと、さらには、雨の中を裸足で歩く女性や、病院で夫に頬を叩かれる女性の姿を見かけ、それが強く印象に残り、こうした長年我慢を重ね、夫に耐え続ける女性たちの限界や、その背景を描きたいと考えたと話していた。
今回のキャラで一番共感したのは…
ならば、そんな「かわいそうなおばあさん」らがモデルとなり、母親に言われて恋を諦め、お見合いで結婚した小うるさい夫に従い、さんざん世話を焼いてきたであろう息子に冷たくされたヨシ子に、共感してもらいたかったのかと訊いてみると、「うーん、私自身、ヨシ子のことは最後まで描いても完全には理解しきれなかった」という驚きの答えが返ってきた。
詳細を野原さんのインタビューでお伝えする。
「今回のヨシ子は理解するのが難しかったです。
これまでの作品の主人公は、だいたい理解できていたのですが、ヨシ子は100%は理解できなかった。
離婚したいと言いながら、ちょっとパートしたくらいで、具体的に動かない。最後まで作品を描けば、ヨシ子見つけた! となるかと思ったのですが、そうならなくて……。応援はしていたけど、完全に感情移入はできませんでした。
自分で動くというか、なかなか動かないヨシ子を、ちょっと斜めからじれったい思いでみているような感覚でしょうか」
――では、野原さんが今回のキャラクターの中で一番共感できる人は誰なのでしょうか。ご自身に一番近いキャラでいうと、息子の嫁の茜になりますよね。仕事ができて、自分を持っていて、「欲しいものは自分で買うからうれしい」と言える……。
「茜さんはちょっとキツイかなあ。
この中で言えば、息子のたっちゃんかもしれません。
描きながら、自分の母親がヨシ子みたいだったら、悲しいなあと思っていましたから。
自分の母親なら、もっと強くなってもらいたい。『あなたがいるから離婚できないのよ』と言われるより、貧乏でもなんとか自分で働いて、前に進もうとするお母さんの方が好きだなあと思って。
だからたっちゃんの気持ちが一番わかる気がします」
主人公を自分の考えで動かすのではなく、斜め上から見守っている感じ――。それが野原作品のリアリティにつながるのかもしれない。
真夜中のラジオ電話相談室
短期連載の最終章は、家出したツマが残した、かき消され、破られ、ゴミ箱に捨てられていたメモの電話番号に、康がかけたところから始まる。
「はい、もしもし」電話の先は、「真夜中のラジオ電話相談室」だった。
メモされた「タケヤマミノル」の名前を出すと、「タケヤマミノル先生にご相談ですか?」と反対に聞き返された。
ここで私たちはやっと合点がいく。
ヨシ子の家出は、元カレと逃げるためではなかった。元カレがヨシ子に与えたのは、ひとすくいの疑問。母に逆らえず「田中先輩」との恋を諦め、夫に不満があってもひたすら耐え、大切に育てた息子に連絡をしても無視され……。
そんな今の生活を変えたかったのだ。
だが、これまで親や夫に従うことばかりのヨシ子は、自分では考えられず、職場でもいじめられ相談相手がいない。だからラジオ番組に相談しようと思ったのだろう。
ラジオに電話をかける――。これは、著者にまで「なかなか動かない」と言われたヨシ子の、精一杯の反抗だったのかもしれない。
◇康が部下に投げた「君、ラジオって聴く?」。この質問から推察するに、たぶん康はラジオ番組を聞き、ヨシ子が何を相談したかったのか、薄々感づいたに違いない。
そこで、ヨシ子は何を言われたのか? そして、なぜ電話番号のメモを破り捨て、出ていったのか。ヨシ子のチャレンジは、ここから始まる。
