40年前チョルノービリ原発事故にかけつけた消防士、夜空に伸びる光の美しさに息のみ「爆発は原子炉だ」と確信…「きっと生きては帰れない」と覚悟
【キーウ=倉茂由美子】1986年にウクライナ北部チョルノービリ(チェルノブイリ)で起きた原子力発電所事故で、現場で対応に当たった人々は「リクビダートル(処理作業員)」と呼ばれる。
自身の安全を顧みずに救助や事故処理に当たった人たちが、40年前の現場を語った。
86年4月26日午前3時頃、原発に近い新興住宅地プリピャチで、軍事消防隊の検査官ペトロ・シャブレイ(67)の自宅玄関のベルが激しく鳴った。
「原発で爆発だ」。同僚に起こされ、家を飛び出した。自身が責任者を務める建設中の5号機だったら、と不安が募った。
車で向かう途中、原発方向を見ると、オーロラのような光が夜空にまっすぐ伸びていた。あまりの美しさに息をのんだ。光の元は4号機。「自分のせいではない」とほっとしたと同時に、爆発は原子炉だと確信した。「きっと生きては帰れない」と覚悟した。
現場では約50人の消防士が消火に当たっていた。2人の兄レオニードとイワンの姿もあった。最初に到着したイワンは、爆発した4号機の屋上で消火に当たり、30分足らずで倒れた。同じ班の消防士たちも次々に運び出されていった。
レオニードは近くの建物の屋上からペトロを呼んだ。ホースが燃え、消火できないという。ここには大量の燃料が貯蔵され、引火すれば3号機も爆発する。ペトロは妻と4歳の息子の顔を思い浮かべると、唯一の防護具だったガスマスクを脱ぎ捨て、ホースを背負ってはしごを登った。時折風向きが変わり、4号機から吹く熱風がペトロとレオニードを包んだ。(敬称略)
