「『うらやましい』と称賛されたから」25人の幼児に性加害を…元保育士の“歪んだ承認欲求”のはて

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「控訴を棄却する」

勤務先の2〜3歳の女児4人に対する強制性交等と強制わいせつ、そしてこの4人を含む2〜5歳の女児6人に対する児童ポルノ禁止法違反の罪で懲役8年の実刑判決を受けた元保育士・藤原凌(りょう)被告(28)。この判決を不服として控訴していた彼に3月30日、東京高裁で判決が言い渡された。

藤原被告は上下黒のスウェット、丸刈りに黒縁メガネをかけて入廷。被告人席に座ったあとも、落ち着かない様子で周囲を見まわし、何度も傍聴席に視線を向けていた。そして、田村政喜裁判長が、「控訴を棄却する」と述べると、落胆したのか、大きく天を仰いだのだった。

全国3ヵ所の児童福祉施設を渡り歩き、25人の女児にわいせつ行為や児童ポルノ禁止法違反を繰り返した藤原被告が最初に逮捕されたのは、’23年12月のことだった。

「12月7日、埼玉県警少年課と行田署の合同捜査班は、埼玉県内の乳児院で女児にわいせつな行為をした強制わいせつの疑いで、大阪府の元保育士・藤原被告を逮捕しました。

逮捕のきっかけは、SNS上をサイバーパトロールしていたボランティア団体の職員が、児童ポルノ画像とともに投稿された『これから埼玉の乳児院で仕事がある』旨の書き込みを見つけ、『女児に性的虐待をしている画像を投稿しているアカウントがある』と県警に通報したことです。県警は投稿内容や履歴から藤原被告を特定しました」(全国紙社会部記者)

関西の大学で保育士の資格を取得した藤原被告は、’21年4月から埼玉県内の乳児院で働き始めたという。その後、大阪府内の保育園、さらに山形県内の乳児院に転職していた。3ヵ所の児童福祉施設を渡り歩いた末に逮捕された藤原被告のスマホやパソコンには、20人以上の女児のわいせつな画像が約1200点も保存されていたという。前出の社会部記者が続ける。

「承認欲求を満たすために繰り返した」

「埼玉県警は藤原被告が保存していた児童ポルノの動画や画像を解析して被害者を特定し、逮捕・起訴を繰り返しました。

’24年2月20日から始まったさいたま地裁熊谷支部での公判中の7月10日にも、児童ポルノ禁止法違反などの疑いで再逮捕されています。容疑は大阪府と山形県内の児童福祉施設で5歳以下の女児17人のわいせつな画像を撮影・保存した疑いです。実にこれが7回目の逮捕となりました。

最終的に、女児25人に対するわいせつ事件や児童ポルノ禁止法違反事件など53件を確認して立件したことになります」

これだけ多くの女児に性的な被害を与えた藤原被告が、大学で勉強してまで保育士を目指した動機は何だったのだろうか。公判で藤原被告はこのように述べていた。

「乳児保育に興味があったのと、乳児保育に精通した男性保育士に憧れがあったから目指しました」

あくまで自身の性的嗜好から保育士を目指したわけではないと主張したのだ。一方で、埼玉県内の乳児院に勤務していた頃から、SNS上で女児に性的興味を抱く複数のアカウントと交流していた。

女児へ性的暴行を加えるようになったきっかけを質問された藤原被告は、「仕事のストレスとかがあったのかなとは思ってるんですが、はっきりしたところは、ちょっとわからないです」と答えつつも、この「SNS上での承認欲求がひとつの原因だった」として、こう振り返っている。

「SNSで、女児にこういうわいせつ行為をしたと書き込むと、『うらやましい』などと称賛の声をいただけることが、承認欲求につながっていたのです。その後も、承認欲求を満たすために繰り返してしまいました」

藤原被告は「覚えていない」と否認していたが、寝ている女児に自身の性器を近づけて撮影し、〈繁殖、最高〉と書き込んだ画像も確認されている。

勾留中に医師の診察を受け、「小児性愛症」と診断された藤原被告だが、乳児院に勤務したばかりの頃はその自覚がなかったのだという。いつから自分が「小児性愛者」だと感じ始めたのか。公判では次のように述べていた。

「社会に貢献したい」と語ったが…

「犯行を始めた時は、SNS上の会話で『乳児院で働いてるんだったら、こういうこと(わいせつな行為)ができるじゃないか』といった話があって、だったらやってみようぐらいの感じでした。しかし、いざ犯行に及ぶと、快楽を得てしまい、小児性愛に目覚めてしまったというか、そのまま常習的に犯行に及ぶようになってしまいました」

そして、自身が小児性愛者だと自覚した後も保育士を続けた理由をこう話したのだった。

「わいせつな行為を止められないのなら、保育現場を辞めようとも考えました。しかし、性欲からではなく、職業として保育に携わりたいという思いが強かったので、現場に残り続けました」

結局、職場を変わっても犯行を止められず、再逮捕を繰り返すことになったのだ。その結果、’25年4月15日の一審判決では「行為の意味すら理解できない非常に未熟な被害者に対する悪影響は計り知れない」として「懲役8年(求刑12年)」の実刑判決を受け、今回は控訴も棄却されることになった。

高裁で、弁護側は「2歳ないし5歳の女児の陰部を触ったり、他人の陰部を触らせる画像で性欲を刺激されるのは、被告人など特定の特性を持つものだけで、一般人の性欲を刺激するものではない」として、藤原被告が撮影・保存していた女児の画像の一部は児童ポルノに当たらないなどと主張していた。

しかし、田村裁判長は、「これらの画像を見た一般人が、性欲を刺激したり性的に興奮するために撮影された児童の写真である、と認識することは明らか」として、「一審判決の認定評価に誤りはない」と述べるなど、弁護側の主張をすべて退けた。そして「一審判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない」と言い渡したのだった。

検察官が読み上げた起訴状などによると、藤原被告が性的暴行を加えた際に、被害女児は「顔をしかめたり、うめき声を上げたりと、幼いながらに嫌悪感を伝えようとしていた」という。

そんなことは意にも介さず、自身の性的欲求や承認欲求を満たすために犯行を続けていた藤原被告。かつて憧れたという「乳児保育に精通した男性保育士」とはどのような姿だったのだろうか。

勾留中にファイナンシャルプランナーの勉強をし、社会復帰後は「子どもに関わらないかたちで社会に貢献したい」と述べていたが、社会貢献はまだまだ先のことになりそうだ。

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取材・文・写真:中平良