クライフを失ったオランダは、際立った創造力は欠いたが、それでも前回核となった準優勝メンバーの大半が残り、パワフルに粘り強く勝ち進んだ。2次リーグのグループAでは、2戦目を終えた時点でオランダとイタリアが勝点3で並び、両国と引き分けた西ドイツが勝点2で追う展開となった。

 まず首位攻防戦では、イタリアがオランダのオウンゴールで先制し、前半を折り返す。だがイタリアのエンツォ・ベアルゾット監督は早々と決勝戦を見据えたのか、重要なチャンスメーカーのクラウディオ・カウジオを後半から下げてしまう。後半に入るとオランダが反撃に転じ、オウンゴールを献上してしまったアーニー・ブランツが汚名返上の強烈な同点弾を突き刺す。さらに76分には、アーリー・ハーンが常識破りの40メートルを超えるロングシュートでゴールネットを揺すり逆転勝ちを収めた。

 最終戦を迎える時点では、前回優勝の西ドイツにも決勝進出のチャンスがわずかに残されていた。ただし、前回決勝に続くオランダとの直接対決を2−2で分け、オランダはオーストリアを5−1で下していたので、西ドイツにはそれ以上の大勝が必要だった。しかしこの大会の西ドイツには、奇跡を起こす力は残されていなかった。

 前回優勝の立役者フランツ・ベッケンバウアーはニューヨーク・コスモスへ移籍したことから代表に選ばれず、代わりに前回クライフを悩ませたベルティ・フォクツがキャプテンマークをつけたが、オーストリアに同点のオウンゴールを献上してしまう。結局待っていたのは、大勝どころか、1930年以来のオーストリアへの金星提供という結末だった。
 
 疑惑の2次リーグを経て、アルンチンは再び7万人を超える大観衆と辺り一面の紙吹雪で埋まるエスタディオ・モヌメンタルのピッチに立った。

 決勝戦では序盤から主導権を握り、37分、アルディレスが中央を切り裂くドリブルで突破口を開き、ケンペスが均衡を破る。しかし、終盤にかけてオランダも執拗なパワープレーで反撃。ついに終了9分前に、ディック・ナニンハのヘッドが突き刺さった。勝利の女神は、オランダに微笑みかけようとしていた。終了間際、ロブ・レンセンブリンクがスルーパスで左サイドから抜け出す。決めれば優勝カップに手が届くシーンだったが、しなやかなレフティーが放ったシュートはポストを叩いた。あるいはオランダが歴史上最も優勝に近づいた瞬間だったかもしれないが、これでシナリオは延長戦へと書き換えられた。

 オランダが勝機を逸したことで、アルゼンチンが再度主導権を引き寄せていく。本来の速いドリブルとパスワークでゲームを支配し、104分にケンペスが得点王を決定づける大会6点目を決めると、さらにダニエル・ベルトーニが追い撃ちをかけて試合を決めた。

 アルゼンチンは、ビデラ大統領の描いた通りに初優勝した。しかし、熱狂の坩堝と化したエスタディオ・モヌメンタルの傍らでは、拉致監禁された人たちの拷問が続けられていた。悪名高き独裁政権は、4年後のスペイン大会が開幕する直前にフォークランド紛争でアルゼンチン側が降伏するまで続いた。

文●加部究(スポーツライター)

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